それは誰のための化粧 (ホラー/★★)
よお、つぶらや、もう着替えは済んだのか。
お前以外の男性陣の準備はほぼバッチリだ。あとは女性陣だな。
外に出る時って、女性は大変だよな。うちのねーちゃんの化粧や髪のセットとか、一、二時間は平気で食っちまう。
おまけに背中のホックを付けてくれ、なんて頼んでくるとか、服までしちめんどうなものを用意しなきゃいけないし。
ん? なんだ、禁断の愛とかの想像か?
あいにくだが、異性の姉弟間でのラブなんぞ、現実世界では期待しづらいと思うぞ。ライクな感情ならけっこうあり得ると思うがな。
――姉貴がいない奴は、どう想像すればいい?
そうだな。自分のお袋を彼女にできるか、というのが第一関門だろう。血のつながり的な意味で。
俺は距離が近すぎて、そんな対象に見ることはできないな。だが、姉貴自身に対しての関心ならあるぜ。
彼氏できたか、とかな。いきなり家に連れてこられたらビビる。
だが、ダチの話を聞いてから、化粧する女という奴に疑惑を持つようになっちまった。
まだ時間かかりそうだし、聞きたかったら話すぜ。
ダチにもねーちゃんがいるんだが、ダチいわく、だらしなくてしょうがないらしい。
料理はできねえし、掃除や洗濯にも興味なく、ぐうたらしているんだと。
ダチが小学生だった時、当時、中学校にあがったばかりのねーちゃんと、部屋は兼用だった。
ねーちゃんが着替える段になると、部屋の外におっぽり出されてな。入るのが許可されても、しわくちゃの制服もろもろが、床に散らばっていることもあった。
一人前なのは恋愛欲求だけ。ひたすらに彼氏が欲しいといいながら、寝転がってせんべいをかじる姿は、典型的なダメ女に見えたんだと。
幸い、太ることもないから、もうちょっと色気でも出せばいいんじゃね、とダチはぼんやり思ったんだそうだ。
そして数年。ダチが高校二年生になった頃だ。
さすがにこれくらいの年になると、大学生のねーちゃんとは別の部屋になったらしいが、やたら厚化粧しての外出が多くなったらしい。
もう、酒を飲める年齢だし、合コンにでも行っているんだろう、とダチは思っていたんだと。実際に、いい男がいなかったのなんだのと、頻繁に愚痴を聞かされたこともあったみたいだ。
だが、時に服を泥だらけにしたまま、何も言わず部屋に飛び込んで、朝まで音沙汰なしということもある。
どうせ悪酔して、どぶにでもはまったんだろ、と大して心配をしなかったらしいけどな。
で、ある日。
難関国立大狙いの親の圧力もあって、ダチは予備校通いだった。
勉強自体は嫌いじゃないらしいんだが、最近は親にあれこれ指示されるのが、うっとおしくなってきたんだと。
遠くても、受かりさえすれば文句は言われない。一人暮らし開始までの最後の試練だと思って、力を入れていたらしい。
帰宅してからの勉強のお供を買うべく、コンビニに入った時。
ふと、窓越しに外を見ると、ねーちゃんが歩いていたんだそうだ。奇妙なくらい足取りは軽くて、スキップでも始めそうな雰囲気だったらしい。
妙だな、とダチは思った。
ねーちゃんが歩いていくのは、家とは反対方向。しかも向かう先は、この時間帯、人通りも少ない住宅街。店など全然ありゃしない。
もしかして、秘かに彼氏をゲットして通い詰めているのか。
家の鍵は持っている。締め出されても問題はない。
好奇心のまま、ダチはデバガメ根性で、こっそりあとをついていくことにしたんだと。
アパート、マンション、一軒家。
それらが立ち並ぶ街路を、ねーちゃんは迷いなく前へ前へと歩いていく。
最初はどの家に向かうのか、少しわくわくしていたダチ。それが、家もまばらになる郊外までくると、徐々に不信感が湧いてきた。
ねーちゃんはどこに向かおうとしているのか。ねーちゃんにはどんな目的があるのか。
やがて、ねーちゃんが足を止めたのは、道が分かれる三叉路の中央部。そこには道祖神が建っている。
聞いたところによると、ここの道祖神は昔あった神社の名残で、縁結びの神様を祭っていた場所らしい。
願掛けでもするのかな、と思ったダチの前で、ねーちゃんは突如、手足をくねらせて踊り出したんだ。
ダチが見た感じでは、ふにゃふにゃとした、しまりのない踊り。果たして骨格を有する人間ができるものなのか、という無脊椎動物じみた動きだったらしい。
あまりの奇怪さに、ダチは惚けていたが、次の瞬間には目を疑うことになる。
石造りの道祖神の表面から、どでかい腕が生えたんだそうだ。象がつかめそうなくらい、大きな手のひらを持った腕は、親指と人差し指で、マッチの先ほどの大きさのねーちゃんの頭を掴むと、彼女を虚空に放り投げたんだ。
腕は音もなく消え去る。道祖神にはひび一つ入っていない。
放り投げられて、夜空に消えたねーちゃんは一向に落ちてくる気配がなかったんだと。
ダチは目にした光景に唖然としたが、疲れで見た幻だろうと、足早に家へ戻ったんだそうだ。
ねーちゃんは帰って来ていなかった。
翌日。顔を洗おうとしたら、ダチはねーちゃんとばったり顔を合わせたそうだ。
その顔には、今までしばしば目にしたように、乾いた泥がこびりついていた。
昨日見ていたことを悟られないように、平静を装っていたダチ。緊張におののきながら、顔を洗っている姉ちゃんの後ろで、洗面所が空くのを待っていた。
そして、ねーちゃんが去り際に一言。
「昨日も、いい相手がいなかったよ」
ねーちゃんが将来どんな相手を連れて来るのか、ダチは今から恐ろしくてたまらないんだと。




