以心電信 (SF/★)
あー、ごめん、つぶらやくん。せっかくLINEに招待してもらったのに、押し間違えて拒否しちゃったみたいだ。お手数だが、もう一度招待してくれるかい?
ありがとう。いや〜、LINEで各部署間のグループを作る、か。これで今まで以上に、迅速に連携が取れそうだ。
私が小さい頃には、携帯電話など空想の産物だったのに、今ではスマートフォンの登場だろ? まさか、こんなに早く想像が現実のものになるとは思わなかったよ。
おかげで私のような年寄りは、時代に置いていかれそうだ。
アナログからデジタルに。私もすっかり「情報弱者」とやらの仲間入りだね。
だが、デジタルがダメになったら総崩れ、なんてシャレにならないから、つぶらやくんもちゃんとアナログな方法でも、バックアップを取っておいてくれよ。
それにしても、携帯電話は不思議な代物だね。最近、電話関連の仕事に就いている友人からも、面白い話を聞けた。
つぶらやくんも興味あるだろ? もうじき昼休みだから、そこで話そう。
つい最近まで勘違いしていたんだけど、携帯電話の声を乗せた電波は、ダイレクトに相手のもとに届くわけじゃないんだね。
まずは基地局が電波をキャッチ。そのあと、ネットワークセンターが声やデータを振り分け。そして最適な基地局から、相手に向かって返信する、と。
さすがは光と同じ速さの代物とはいえ、この手際の鮮やかさは見事なものだね。人が今まで手紙などを駆使して、届けていたメッセージを、ほぼ一瞬で送れるのだから。
それが滞らないように、基地局がたくさんあって、電波をリレーする「ハンドオーバー」のシステムも存在するらしいね。
もっとも、それに至るまではなかなかの苦労があったと聞いているよ。
そして、私自身が体験した「電」関連のできごとも、伝えることの影響を教えてくれた。
携帯電話が、ようやく「携帯」と言えるほどの、手のひらサイズに収まるくらいになった頃。私の勤めている会社でも、社用の携帯電話というものが導入されてきた。
当時の私は外回りの営業が多く、頻繁に出張を頼まれる身でもあったんだよ。独身ということも、出張回数に輪をかけた原因かもしれないね。
新規顧客の開拓を任される一人だった私は、僻地に飛ばされることも多かった。それも基地局が少ないせいか、圏外になってしまうのも、珍しくなかったよ。
お荷物と言えるほどの、お荷物でなかったのが、携帯電話の大きな利点。虫の居所が悪い上司の声を、電話越しに聞きながら、カップ麺をすすっていたのも、今となってはいい思い出だね。
そして、何度目か分からない、地方への出張の時。
私はノルマがなかなか達成できなくてね、今回はクリアできるまで戻ってくるな、という強烈なお達しだったよ。
仕事そのものに少しは未練があったけれど、それ以前にお金の心配ばかりしていたね。
つぶしが聞くように、色々な資格勉強に手を出して、佳境に迫っていた時期ということもある。下手にクビを切られたら、生活のリズムが狂ってしまうと、そのことが恐ろしかった。
変な奴だと思うかい? 昔から規則正しい生活をしていたせいもあって、イレギュラーが大の嫌いなんだよ、私。
自分で見つけた格安旅館で、外回りの準備をし始めた。会社の出張の費用は出してくれたけど、なくなったら自腹でどうにかしろ、と言ってきてね。本当に帰す気がないかも、と心配でたまらなかった。
荷物から携帯電話を取り出す。毎日、上司に連絡を取らないと行けなかったからね。携帯がつながらないと、電話を借りる羽目になる。
幸い、今回は電波が通っているようだ。山奥の閑散とした一棟だというのに、ありがたいながらも、少し不思議に思ったのは確かだね。
その晩、女将さんが振る舞ってくれたのは、私の好物だったこともあって、明日からの気合を入れ直したよ。
翌日以降の営業。結果からいうと、かなり上手くいった。
時間とお金が限られていたから、数打ちゃ当たる戦法を取るわけにもいかず、ある程度あたりをつけて飛び込んだんだ。
すると、半分近くの家庭で、会社の勧める商品が役に立ちそうな悩みを抱えていてね。正直、ついてるなと思った。
私も、腐ってもセールスマンの端くれ。お客様の悩みをよく聞いて、強すぎない押しで、契約をどんどん勝ち取ることができた。
あくまで打率は半分。こてんぱんにやられたご家庭もあった。それでも今までの私に比べたら、かなりの成果だったよ。
何というかね、話していて、ピンと来るんだ。
相手が何を欲していて、何を嫌がっているのか、顔を見て何となく察することができる。人間なら多かれ少なかれ持っている感覚が、あの時は妙に研ぎ澄まされていた、と言えばいいかな。
そして、ノルマを達成して、上司に帰還報告をしたその日。
女将さんは、盛大な料理を振る舞ってくれたんだ。事前に何も言っていないのに、まるで別れを惜しむかのように。料理の中身も、バランスを考えながらも、やはり私の好物がてんこ盛りだったよ。
不思議に思った私が尋ねると、女将さんは答えてくれた。
昔、この旅館の辺りには、落雷が絶えなかったらしい。
神主さんの話では、いつかの雷の時に、雷神様のお子様が地面に落っこちてきたんだって。
天からお迎えが来たんだけど、お子様はたいそうこの地が気に入って、何度も遊びに来るらしいんだ。
だけど、雷神様はじゃんじゃん雷を落として、それを戒めるみたい。
早く何か家を建てて、ここが人の領域だと示しなさい、とご指示が出た。
それ以来、何度も建て直しがなされ、現在は旅館に落ち着いたんだって。
ただ、何度も雷が落ちたせいで、ここの地面は、雷神様の特別な電気を帯びている。それと相性の良い人間は、流れた電流によって、優れた感覚が宿るんだという話だよ。
女将さんも、私の好物や帰る時期が分かったのも、その賜物だと話していた。
私自身、感覚が鋭敏になったのはそのためか、と得心がいったよ。
出張が終わった後も、私はしばしばその旅館に足を運んだ。
女将さんのいう、神秘的な電気の力を取り入れたくてね。それで会社に貢献しようと思ったんだ。
実際、私は次々に多大な成果を出して、会社の中での立場を重くしていったよ。
ん? じゃあ、どうしてこの会社に移ってきたのかって?
いやあ、それがねえ。電流って溜め込みすぎると、知らないうちに自然放電しちゃうらしいんだ。
しばらくして、ライバル企業たちが、私たちの会社の先取りをするようになった。まるで考えが読まれているみたいに、先回りされて顧客も人気も奪われてしまった会社は、業績も低迷。
ほどなく倒産してしまい、私はご縁のあったこの会社で、今に至るまで生き恥を晒しているというわけだよ。




