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スマイル零円 貸し一生 (恋愛/★★)

 いらっしゃいませ、お客様。お昼にしますか、ランチにしますか、それともデ・ジュ・ネ?


 て、全部「昼ごはん」のことじゃない! 何が取材のための研究よ! 騙したわね!

 そのツッコミを待っていた?

 人のことをツッコミ星人みたいに……、本当に感謝してるの? 

 サンキュー、謝謝、オブリガード、スパシーバ?

 あなた、私が外国語科だからって、なめてるでしょ。

 ギリシャ語ではなんて言えばいいって? 知るかい!


 ああもう、バカバカしい。私、カエル!

 え、せっかくモンブランを用意しといたのになー?

 そ、そ、そんなもので、この私が釣られるとでも!? バイトだらけの苦学生とはいえ、物欲に振り回されるなど、決して……。

 今なら、ダージリンティーもつけますよ?

 つぶらや様。私めに、なんなりとお申し付けくださいませ。


 と、ここまででいいかな。練習につきあわせて、ごめんなさいね。

 こちらも色々参考になった? そう言ってもらえて助かるわ。どういたしまして。

 最近、演劇部の脚本も、ドタバタラブコメに汚染されててね。私の今度の役も、頭弱めのドジっ子ヒロインよ。

 つぶらや君はコントの勉強、私自身は演技の勉強。ウィンウィンの関係ってスバラシー! それも本当にお菓子をつけてくれるなんて、エクセレント!

 今日はテンションが高いな?

 まあね〜。男性からお菓子をおごってもらうのは、喪女の楽しみの一つよ。


 ねえ、つぶらや君。今、相手がいないのなら、私で妥協しない?

 あら残念。タイミングが悪かったかな?

 気が向いたら、私を落としに来てくれていいわよ。気が向いたら、私からもあなたを落としに行くから。

 ん、少しはドキッとしてくれた? これも演劇で培った、魅せ魅せスマイルの賜物かしら。

 笑顔といえば、友達から聞いた話があったわね。

 これはお菓子のお返し、ということでいいかしら。


 笑顔の価値は金千両。

 それが恋する、愛する人のものなら最良。おもてなしにも花を添える。

 でもさ、自然に出ている笑顔と、よそいきの笑顔。演技の上手い人では見わけがつかないわ。どちらも変わりなく、相手の心を明るくする。

 作られた笑顔。私も求められるだけに、その苦労、少しは理解しているつもり。

 それを「お客様は神様」という態度を振りまいて、迫ってくる客がいたら……ねえ?

 自分で神を名乗る者の末路。物を書くつぶらや君なら、たくさん知っているでしょ?


 私の友達、笑顔を見るのが大好き人間だったの。

 妹が生まれた時、その笑顔の虜になっちゃったみたい。だから、みんなの笑顔が見たくって、仕方なくなっちゃって、色々頑張る子だったわ。

 自分の力でみんなの顔を笑顔にする。それが生きがいとも言えたんだけども、あえて用意された笑顔を求めに行くこともあった。


 それはお店の従業員。

 ほとんどのお店では教育が徹底されて、過剰なほどの愛想を振りまいてくれる。お客様にとって、もう一度来たいと思う良い空気、良い印象はそこから生まれるからね。

 コスパ最高の集客術。使わない手はないわ。

 たとえバイトだろうと、笑うのが嫌なら、なんで接客業を仕事に選んだのかしらね。

 

 ただね、彼女の行きつけのお店。男と女に一人ずつ。終始、仏頂面の店員がいたわ。

 ご飯が目当てで友達は通っていたのだけど、他の店員さんがニコニコ笑っているのに、彼らだけは険しさをたたえた表情をしているものだから、目立ってしょうがなかったんだって。

 名札は同じ名字。どうやら兄妹らしかった。

 救いなのは、二人とも絶世といっていいほどの美形でね。突き放したような横顔を、目で追い続けているお客さんも多かった。

「もったいないなあ、あれが笑顔なら、もっと素敵なのに」とおせっかいな心がうずいたそうよ。

 そして、たまたま男の店員さんが料理を運んできてくれた時、つい言ってしまったそうよ。


「スマイル、ください」とね。


 すると、店員さんは笑ってくれた。

 輝く名月のような、美しい笑顔。

 友達が「あ、いい」と思った瞬間。胸も不自然に脈打っていたわ。

 ところが去っていく彼をうっとり見つめていた友達は、後ろから別の人に声を掛けられた。

 それはこの店の店長さん。角ばった顔だけれども、あふれ出る笑顔を浮かべて友達に言ったわ。


「これ以上、この店に来ない方がいい]と。


 出入り禁止とまではいかないけれど、明らかな警告だった。

 でも、彼の笑顔を見られて感動し、心奪われていた友達は生返事をして、実際には次の日も、その次の日も、お店に通い続けたわ。

 そのうち、女の店員さんも笑うようになってね、多くの男性客を虜にしていったそうよ。


 そんな日々が続き、友達の貯金のほとんどは食事代に消えたわ。

 だけども、コーヒー一杯で粘りに粘り、笑顔を絶やさなくなった彼を見つめて、悦に浸る。腰をあげるのも億劫になってきた。ただただ、彼を見つめていたい。

 そんな友達が背中から声を掛けられる。楽しみを邪魔されたいら立ちを隠そうともせず、友達は振り返った。

 相手はいつぞやと同じ、店長さん。


「もう、来ないでくれ。君が危ない」


 言葉の意味が、とっさに分からなかった友達。店長さんが手鏡をのぞかせてくれた時、あっと驚いたそうよ。


 今朝までは茶色に染めていた髪。その半分が、新品の筆を思わせる、白いものに変わっていた。

 顔はむくみ、頬はこけて、眼はくぼんでいる。

 疲れた老婆が、鏡の中から自分を見つめていたそうよ。

 そういえば、自分以外のお客さんも、年配に見える人が増えている気がした。


 次の日から、このお店は閉店したわ。

 毎日、店の前まで足を運び、瞳に憎悪を燃やして、歯がみをする友達。まるっきり禁断症状だった、と言っていたわ。

 やがて店そのものが取り壊されて、更地になり、友達も店員さんのことを思い返しながら、毎日をぼーっとしながら過ごしたそうよ。


 今はどうにか持ち直したわね。ルックスも白髪が少し残っていることを除けば、元の通りよ。

 ただ、今でも完全に踏ん切りがついていないのか。

 あの店員さんが現れて、自分へ愛をささやいて、抱きしめてくれる。

 そんな魅惑的な夢を、しばしば見るのだそうよ。

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