四次元ロッカー (ホラー/★★★)
いやあ、プールはいいなあ、つぶらや。
こう、なんだか泳いだあとのスカッと爽やか感ってやつ? 俺、けっこう好きなんだよね。
たいてい、次の授業は船を漕いじまうけどな。泳ぐのはダイエットに有効って聞くから、カロリー消費も多いんだろう。
ぶふっ、つぶらや、まだその巻きタオル使ってんの? 車とか星とかがいっぱいの奴。
思い入れがあるんなら、強くは言わねえけどさ。高校に上ったら、卒業しろよ。見ていて恥ずかしくなってくるから。
ん? おい、つぶらや、俺のゴーグル知らねえか?
おかしいなあ、確かにロッカーの中に入れたと思ったんだけど、消えちまった。
もしかして、「四次元ロッカー」がまた出てきたのか?
あれ、知らない? この学校じゃ、昔からある七不思議らしいぜ。
探しながらで構わねえ。ちょっと聞いてみないか。
ロッカーに限った話じゃないんだが、保管場所っていうのは、たいてい中身が見えない。
光が当たるとまずいものへの考慮から、中身を見ることで妙な気を起こす奴が出ないようにするとか、理由はいくつか思い当りそうだな。
だがよ、外から見えないということは、中ではやりたい放題ということだぜ。
ある時からな、この学校のロッカーで、しまっておいたはずのものが無くなり始めたんだ。最初のうちは、しまった奴の不注意ということで片づけられていた。それが徐々に被害が広がり始めたらしい。
無くなるものは、財布からバスタオルまで、そのロッカーがしまえる大きさのものなら、なんでも被害に遭うらしい。
そうやって、パッと四次元に消えちまったみたいだから、「四次元ロッカー」と呼ばれるようになる。
厄介な点が、どうやらプールの更衣室にある全てのロッカーが、四次元ロッカーに該当するらしいということだ。
たいてい、この手の「特別」は一つだけだろ。四次元ロッカーは無数にあったのさ。というより、四次元ロッカーたらしめている何かが、しょっちゅう移動を繰り返している、といった方がいいかもしれんな。
だが、物を奪われた当事者にとっては一大事だ。全員が躍起になって探すんだがな。学校内じゃ見つからなかった。
そんじゃ、泣き寝入りをするしかないのか? いっただろ、「学校内」ではって。
見つかったのは学校外、それも意外な場所だった。
同じ市内にある、別の中学校。そこのロッカーの中だったんだ。
それが分かったのは、名前つきのタオルのおかげ。
無くなった時間とほぼ同時に、別の中学校のロッカー内で、件の湿ったタオルが発見された。たまたま同じ時間帯で、水泳の授業をしていたことも、大きな要因だった。
人間にはとても不可能な芸当。
時間と場所を超越する、トランスポーター。
そうして、うちの学校のロッカーは、名実ともに「四次元ロッカー」にふさわしい代物になったんだ。プールの更衣室に届いているせいもあるんだろう。送られたものはどれもこれも濡れていたらしいけどな。
もっとも、その場から物が無くなる事実に違いはない。悪評を防ぎたい先生たちは、四次元ロッカーを迷信で片づける。
そして子供たちの間では、「大事なものはロッカーに入れないように」という、約束事が広まっていた。
それはそれで、盗難の被害があって、面倒だったらしいけどな。
四次元ロッカーの難点は、どの学校に送られるのか、判断がつかないという点。
相手先に知っている奴がいればいいんだが、そう都合よくいかない場合は、文字通りの行方不明になっちまうんだ。
それが本当に気に入っているもので、知り合いもいなかったとしたら……どんな行動に出るか、わかるだろう。
その子はな、お気に入りのゴーグルが見当たらない、と大騒ぎしたそうだ。
水泳部の一員で、次期エース候補だったらしくてな、消えたゴーグルはお年玉をはたいて買った高級品だったらしいぜ。
「俺はゴーグルを追うぞ!」
他のみんなが、その声を聞いて振り向いた時、バタンと彼のロッカーが閉まった。彼の姿は見えない。
慌ててロッカーを開けた時、彼の姿はどこにもなかったんだと。
先生たちは表向き、四次元ロッカーの存在を認めていない。
そのため、校内のチェックを先生たちが。学校間での連絡を生徒たちが行う、奇妙な捜査が始まった。
生徒たちが持つ情報網によって、休み時間に市内の学校でみんながロッカーを漁る事態になったんだ。
そして、とある学校の生徒の一人が、ロッカーの扉を開けた途端に、鼻をつまんで逃げ出したんだと。先ほどの水泳の時間まで異状がなかったロッカーに、掃除をしていないトイレの臭いが充満していたらしい。
ほどなく、多くの学校からも同じ報告が届いた。何日も水を流さないトイレの臭いがしてくるロッカーが現れた、とな。
結局、捜索願が出されたものの、その子は行方不明になってしまったらしい。
そして、ロッカーたちも取り壊されて、新しいものに取り換えられることが決まった。だが、当時の生徒たちのほとんどは、おそらく四次元ロッカーはなくならないだろうな、と思っていたそうだ。
四次元ロッカーたらしめている、何者かの足取り。さっぱりつかめていないのだから。
ただ、その年。
どの学校でも花壇の花が咲き乱れ、実習用の畑は、めったに見られないほどの豊作を迎えたらしいんだ。




