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おじさんのカウントダウン (ヒューマンドラマ/★★)

 おじさん、今朝の星座占い見た? えへ〜、僕の星座、一番ラッキーだったよ。ほら、ラッキーアイテムの青いハンカチも、バッチリ!

 え、幸運は道具ばかりでなく、己の力も使って勝ち取るものだ? 

 おじさんのいうことって、いつも暑苦しいよね。正論かもしれないけどさ、こっちはもっと肩の力を抜きたいんだよ。

 まあ、占いもハマりすぎるとヤバいっていうのは、うすうす思ってる。全部が全部、占いの通りにするって、いつも神様を当てにしているだけ。

 自分自身も頑張らないと、神様に見放されるのも仕方ないかな、と考えちゃう。

 あ〜あ、おじさんが熱血だと、どうも考え方が伝染しちゃうなあ。少し前までは、人の運命なんて、生まれた時から決まっている派だったのに。そんなの結果論の言い訳だ、なんていわれたらねえ。

 だけど、僕が運命を信じていたのって、いとこの兄ちゃんの話がすごく影響してるんだ。

 どんな話かって? おじさん、こういう時は僕よりも子供っぽいよね。嫌いじゃないけどさ。


 いとこのお兄ちゃんが住んでいるところは、ここから電車を三回ほど乗り換えていく。にぎやかさとしては、都会と田舎の中間くらいかなあ。

 で、そこには「占いおじさん」の噂があるんだ。

「占いおじさん」。占いをしている子供がいると、どこからともなく、おじさんが現れることがある。おじさんと会話が成り立つことはなくて、話しかけても反応してくれない。

「占いおじさん」は出会った子を占ってくれる。その子の願いについて、三回だけ。

 そして、いつか必ず的中する。一部の人は「占いおじさん」ではなく「願いを叶えるおじさん」だって認識しているみたい。

 そして、お兄ちゃん自身がおじさんに出会う時がやってきたんだ。


 お兄ちゃんが小学五年生の時。お父さんの仕事の関係で、今、住んでいるところに引っ越してきたらしいんだ。

 当然、学校も変わった。最初のひと月あたりは、転校生補正があってちやほやされたけれど、それ以降はすっかり落ち着いて、お兄ちゃんは「転校生」じゃなくて、「クラスの一員」と見られるようになったみたい。

 けれどもね、お兄ちゃんはそのギャップが不快だったって話してたよ。今までチヤホヤしていたのに、態度を変えやがって、と内心毒づいたみたい。

 おじさんも経験ない? 自分が特別扱いされて、浮かれちゃってさ。いざ、周りが落ち着くと、特別扱いが恋しくなる。ずっと自分を特別扱いして欲しくなる。

 過去の栄光にすがりたくなるのって、自分はこんなにすごいんだぞって、みんなに特別扱いされたいと思う本能からかも知れないね。


 ある日の午後六時ごろ。

 お兄ちゃんは家の近くの公園で、座りながらブランコを漕いでいた。もう辺りは真っ暗になろうか、という時間帯で、すべり台や鉄棒はもう輪郭しか見えなかった。

 心のもやもやを吹き飛ばすかのように、お兄ちゃんはブランコを力強く漕ぎ出した。ブランコそのものが一周しそうになる勢いがついた時、お兄ちゃんは右足に履いていた靴を、空に飛ばしたんだ。

 天気占いだけど、ほとんどむしゃくしゃしてやったみたい。ブランコから降りて、けんけんしながら探したけど、見当たらない。


 公園の真ん中あたりで、ようやく発見したけど、お兄ちゃんは固まった。

 見知らぬおじさんが、ひっくり返った自分の靴を、捧げるように両手で持っていたのだから。病院の患者が着るような、縦じまの入った簡素な寝間着と、ボロボロのスリッパを履いていたんだって。


「五七五九八。五七五九七。五七五九六……」


 靴を返してくれるようにお兄ちゃんはお願いしたけど、拾ったおじさんは、靴を両手に持ったまま動かない。ただカウントダウンをするだけ。

 業を煮やしたお兄ちゃんは、おじさんから靴をひったくり、乱暴にお礼をして家に帰っていった。公園の出口で振り返った時には、おじさんの姿はなかったらしいよ。


 翌日の学校。午前十時前後。体育の時間。

 内容はとび箱。お兄ちゃんの得意な種目だった。

 いっちょ、ここで目立って、もう一度人気の復活を、とか、ひとめぼれした保健委員のマイちゃんが振り向いてくれますように、とか煩悩まみれだったのは、否定しないって。

 そしてお兄ちゃんの番が来た。

 助走。踏切。手付。

 すべて完璧に決まった。

 手を付いた瞬間に、とび箱の頭がもげたりしなければ。


 走りこんだ勢いもあって、お兄ちゃんの身体は支えを失い、顔面からマットに突っ込んだ。

 鼻を押さえた両手から、赤い雫が垂れ落ちる。

 全員が騒然となり、先生が保健室に行くように指示した。保健委員のマイちゃんに付き添うように、付け加えて。

 鼻血はなかなか止まらず、結局、体育が終わるまで保健室にいるようだったけど、マイちゃんを独占できたのは、ささやかな喜び。

 その日の下校までは、クラスの全員が自分を気にかけてくれる、特別扱いの時間の復活だったんだって。


 でも、どうせ今日だけなんだ、とお兄ちゃんは思った。また明日には、注目されない日々に戻るんだと。

 そんなのは嫌だ、と思いながら、お兄ちゃんが下校していた時。


「六八三八四、六八三八三、六八三八二……」


 公園で聞いた声がした。あの、カウントダウンをするおじさんの声。

 はっとお兄ちゃんが顔を上げると、十数メートル先の角を、縦じまのパジャマを着て、ボロボロのスリッパを履いた、後ろ姿が曲がっていくところだった。

 お兄ちゃんはおじさんを追いかけたけど、角を曲がる時には、もうその姿はどこにもなかったんだって。


 翌日の学校。

 何人か昨日のことを心配してくれたけれど、それ以外は、いつもと大差ない教室の雰囲気。

 つまらない。もっと自分が注目されたい。

 お兄ちゃんの心の中は、そんな気持ちでいっぱいになっていた。自分が特別扱いだった時の、あの気持ちよさに、すっかりお兄ちゃんは虜になっていたんだ。

 そして、午前中の教室移動の時。

 階段に足をかけたお兄ちゃんの体を、誰かが押した。完全に無防備だったお兄ちゃんは、最上段から踊り場まで、真っ逆さまに転げ落ちた。

 体中が痛い。特に左足がひどくて、痛いだけでなく、神経がマヒしてしまったかのように動かせなかった。

 お兄ちゃんの苦痛の叫びを聞きつけて、児童や先生方が集まってきて、大騒ぎになったみたい。家の人と一緒に、お兄ちゃんは救急車で運ばれていった。

 下された診断は、全身の打ち身と左足の骨折だった。


 即日入院する羽目になった、お兄ちゃん。

 今になって、左足が猛烈に痛み出したんだ。かといって、せまいベッドの上で身悶えしたら落ちてしまう。ギプスもつけられていたから、直接さすることもできない。

 なんで俺ばっかり、こんな目に遭うんだって、自分勝手な不幸妄想まで始める始末。そして、走ったり、跳んだりという今まで当たり前だったことが、当たり前でなくなることの悔しさがにじみ出した。

 ズキズキと痛む足。うめき声をあげながら、お兄ちゃんは心の底から思った。

 どうか、楽になりますようにって。

 そう思った瞬間。


「三四三六、三四三五、三四三四……」


 あのおじさんの声が響いて、お兄ちゃんはびびった。

 ここは八人収容できる病室。もしや、同室の誰かがおじさんなのかと、目を走らせたけど見つからない。

 そして、ぼんやりと眺めた病室のベランダに、おじさんはいた。こちらに背中を向けているけれど、縦じまの寝間着に、ボロボロのスリッパ。間違えることはない。

 声をかけようとしたけれど、また左足が痛んだ。思わずお兄ちゃんは目をつむってしまって、開いた時にはおじさんの姿がなかった。

 この病室の中を抜ける以外、逃げ場のないベランダのはずなのに。


 お兄ちゃんは、事ここに至って、ようやく友達から聞いた「占いおじさん」の存在を思い出した。

 あの時の天気占いがおじさんを呼び寄せ、自分を占ったのだとしたら。

 カウントダウンは願いの成就までの秒数。

 だけど、その願いの結果を思い出して、お兄ちゃんは震えた。

 マイちゃんの気を引きたいから鼻血を出し、多くの人の注目を集めるため左足を折った。

 そして、三つめの願いは「楽になりますように」。

 お兄ちゃんは逃げ出すこともできず、ふとんにくるまってガタガタした。おじさんのカウントダウンを、頭の中で引き継ぎながら。


 地獄の窯に漬かって数えたような、一時間近く。

 病室の外から自分を呼ぶ声が聞こえ、足音が近づいてきた。

 怯えることに疲れたお兄ちゃんは、もう好きにしろよ、って諦めの心境だったみたい。

 ところが、姿を現したのは、クラスのみんな。

 今日のお兄ちゃんのケガが心配で、お見舞いに来てくれたんだ。

 あまりに予想外のことで、お兄ちゃんは驚いてボロボロ泣き出しちゃったみたい。きっと今回もろくな目に遭わないだろうと、考えていた矢先だったこともあった。

 心の重荷が、ストンと落ちた。

 そして、お兄ちゃんは決めたんだ。

 特別でなくてもいい。自分を心配してくれるみんながいる、この新しいクラスで頑張っていこうって。


 やがて、退院の日がきた。

 お兄ちゃんは帰っていったんだ。

 特別ではない。

 当たり前の。

 だけど、かけがえのない日常に。


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