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文字泥棒を追いかけて (童話/★)

 うわ、誰だよ、ページの端を折った奴! しおり代わりかも知れねえが、本が泣くぜ。

 つぶらやはどうだ? うへ、ラインマーカーかよ。それもこの色、文字を潰してるぜ。

 ひでえことしやがる。図書館の本は、みんなが読むんだ。好き勝手したけりゃ買えばいいのにな。

 お互い、あてが外れちまったか。別の図書館をめぐろうぜ。


 ふ〜い、ようやく課題図書を確保できたな。

 読書感想文を書け、だなんて課題、俺は嫌いだね。

 ん? つぶらやも嫌いなのか? 書くことが大好きなお前が?

 無理やり感が気に食わない? そんなもんかねえ。

 俺なんか縛られなきゃ、何もやらない自信があるぜ。有数のナマケモノという自負があるからな。

 だが、そんな俺でもこうして動いている。縛りがあるからな。

 縛りは行動の量は制限するが、行動の密度は濃くしてくれる。普段は気にしないようなことに気がついたりな。いや、むしろ出来事の方から出会いにくるのかもな。

 こいつは俺のダチが、同じように図書館に来た時に、体験した話だ。


 つぶらやほどじゃないが、俺のダチも物語を始めとする本が好きでな。時間を見つけては、学校の図書室や町の図書館に訪れることが多い。

 自分の家には溜め込めない本の海で、ひと時の安らぎを得るんだってよ。俺には完璧な共感はできかねるがね。

 そして、他の連中より読む本が多ければ、そんだけ外れくじを引かされることも増えるわけだ。

 今日、俺たちが出会ったような、本たちの傷が最たる例だ。だが、ダチはそれ以上に「文字泥棒」に遭うことが多かったらしい。


「文字泥棒」。命名したのは、ダチのばあちゃんだ。そのばあちゃんも若い頃は本の虫で、しばしば「文字泥棒」に出くわしたらしい。

 人を夢中にさせて時間を忘れさせるものを、「時間泥棒」と表現するだろ。「文字泥棒」は言葉の通り、文字を奪うんだ。

 発祥は「今昔物語集」だと言われている。

 知っていると思うが、今昔物語集はどこの誰が何をしたか、を明記することに力を入れている。はっきりしない場合は、あえて空欄にすることもあるんだ。

 その頃は、当然、人の手によるものだったんだがな、いつの間にか文字を抜いたのが誰か分からない本が増え始めた。しかも、特定の人間にしか、その脱字が見えないらしいんだ。

 その姿から、一部の人は「虫食い」と呼んでいたが、「文字泥棒」という方が風情を感じるというのは、ダチのばあちゃんの談だ。

 で、ダチも実際に「文字泥棒」に出会ったんだ。


 夏休みのある一日。セミの鳴き声がぐわんぐわん、耳の奥までこだまする、賑やかな日だったらしい。

 その日、市立図書館でダチの借りた本には、奇妙な落丁があった。

「私」の文字が入るべき部分が、ぽっかりと白紙になっていたんだ。

 それも一ヶ所や二ヶ所じゃない。文章中、いたるところの「私」が行方不明となっていた。

 ダチはついに「文字泥棒」に出くわした、と胸が高鳴ったらしい。

 ばあちゃんから聞いた、「文字泥棒」の役目は文字を盗むことと、もう一つ。

 盗んだ文字で紡ぐことなんだそうだ。それはある事実を示してくれるんだと。

 ばあちゃんが若い頃に出会った「文字泥棒」は、日替わりで本から一文字ずつ、漢字四文字を盗んだ。その翌日、ニュースでその漢字四文字を並び替えた人物が、逮捕されたとのこと。

「文字泥棒」は一度見つけると、その場所にとどまり、近くにある本たちを漁り始めるらしい。

 そして、最初に見つけた奴にしか、追うことはできない。さっきも言ったように、他の人が本を見ても、落丁は見当たらないらしいんだ。

 奴がもたらすもの。それを見極めたかったダチは、「文字泥棒」を追うことにしたんだ。


 それから、毎日のように、ダチは市立図書館に通うようになった。

 生来の本好きに加えて、速読を得意とし、「文字泥棒」探しに躍起になる探偵。

 その実態は、勉強用に設置されたスタンドに、何冊も本を山積みして、片っ端から崩していくガキ。見ている人には、呆れた読書家に見えたろうな。

 膨大な本たちの中から、「文字泥棒」の足取りを追っていくダチ。

 二日目は「あなた」。三日目は「愛」。

 そして四日目で「したい」を抜かれた時、ダチは興奮したらしいぜ。

 私、あなた、愛、したい。

 何とも心躍るメッセージじゃねえか。「文字泥棒」も誰かに恋愛してるのか、それとも恋の詩でも詠んでいるつもりなのか。

 けっこう、カワイイ奴だなあ、とダチは思ったんだと。

 これで捜査を切り上げても良かったんだが、恋愛ものは決着まで見ないと納得できねえ人種。それがダチだ。

 結末の見届け人になることを、買って出たんだ。


 つぶらやはよ、相手の恋愛に関してはどうだ。

 幸せを願えるか? それとも不幸あれ、と願う派か?

 なに、どちらでも構わねえさ。人類の大きな関心事だもんな。

 長い歴史で見りゃ、数えきれない恋愛劇に一行が足されるようなものに過ぎねえ。だが、その一行の熱は、太陽にも負けやしない。

 で、「文字泥棒」の恋愛だが、どうやら芳しくなかった。

 五日目は「でも」。六日目は「無理」。

 ダチは前半とは別の意味で、興奮した。

 あきらめんなよ、と叫びそうになったらしい。

 出会う本、出会う本すべてから、きれいに選ばれた言葉だけ抜かれているんだ。それだけの執念を持っていながら、くじけるなんて、ダチに言わせりゃ言語道断なんだと。


 七日目。ダチは図書館の開館と共に、本を漁った。

 今日はなかなか出くわさない。

 ダチは好き嫌いを問わず、あらゆる本に目を通していく。時間は昼を過ぎ、午後を駆けていく。


 そして、とある詩集を開いた時、ダチは目を丸くした。見つけたんだ。

 だが、にわかに信じられず、その抜けたワードを、自分のお気に入りの本から探そうとする。

 何ページの何行目、何が書いてあるかまで、ほぼ完ぺきに把握している本。何かの間違いだと信じて。

 ダチの願いは叶わなかった。

 抜かされたワード。それは。


「さようなら」


 図書館は静かだった。

 内はもちろん、外側も。

 雨だれのようなセミ声が、ぱったりと止んでしまったのだから。



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