鬼ごっこクロニクル (ファンタジー/★★)
あーあ、今日も時間切れか。なかなかケリがつかないな。
「けいどろ」もさ、そろそろ脱走ルールを禁止にしないか? これじゃ、けいさつになった奴が不憫でしょうがねえよ。
どろぼう全員を捕まえられたら勝ちっていうけどさ、ディフェンスが甘すぎる気がすんよ。二人、三人捕まえて、はい、脱走じゃあんまりすぎるだろ。
けどさ、どろぼうならどろぼうで、勝利条件がはっきりしないと思わねえか。
時間切れまで逃げ切れば勝ち?
まあ、そうだけどよ、時間切れって概念がなかったら、どうする。
鬼がギブアップするのを待つ?
まあ、そうだけどよ、鬼がギブアップしなかったら、どうする。
なに、「どうする」ばかりじゃなくて、自分の頭で考えろ?
わーったよ! といっても、俺はバカだからな。鬼を全員、物理的にぶちのめすくらいしか考えつかねえ。どろぼうからの能動的な終わらせ方って、そんなもんじゃねえの?
追う者と追われる者。時間も場所もこえて、これらのドラマはいっぱいあるな。
次、掃除の時間だろ? てきとーにやりながら、ちょっとだべろうぜ。
さっきも俺たちがやっていた「けいどろ」。名前やローカルルールに違いはあれど、古今東西で似たような遊びが行われている。
これって、様々な駆け引きの訓練になるからな。
牢屋の場所選びから、脱走の手引きまで、色々な策が講じられるわけだ。
うちの学校の運動場は、見通しが良すぎるからな。けいさつとどろぼうの双方から丸見えで、けいさつもディフェンス要員が、相当数必要だ。
このゲーム、よくよく考えると、けいさつ側の方が有利なんだがな。オリコウサンなつぶらやには、改めて説明する必要もないだろ。うちのけいさつが、いかにヘボかってことだ。
そして、大昔からこのつかまえっこをめぐるエピソードが出てくるわけだ。
今をさかのぼること、数百年の昔。
神への生贄の血の臭いから、武士同士の血なま臭さが、色濃く漂っていたころ。
「けいどろ」に似た遊びが流行っていたのさ。本来は違う名前かもしれねえが、便宜上、けいどろとさせてもらうぜ。
その村では、子供たちのけいどろが、いわゆる通過儀礼のようになっていてな。戦などで家や土地を追われて流れてきたよそ者が、子供たちの仲間入りをする儀式だったわけだ。
ある日、新しい仲間がそこに加わったんだ。
細身で白い肌を持っていてな、とても野良仕事をしているとは思えない容姿だった。
だが、けいどろに関しては達人だ。
捕まえる側に回った時の、陣地の選択、追い詰める戦術、個人的な足の速さ。
逃げる側に回った時も、一対四の見張りつきという苦境から、捕まった連中を助け出したこともあった。
たちまち、彼は子供の中で英雄扱いさ。
運動ができる奴、頭がきれる奴がチヤホヤされる。いつの時代も、シンプルで、残酷な仕打ちじゃねえか。なあ、おい。
そうしてひと月ばかしが過ぎた。
勝ち組になると、発言力も上がる。
けいどろに関しては、彼が場を仕切ることが多くなった。参加者もコツがつかめてきたようでな。そのけいどろ実施半径は徐々に広がっていったんだ。
大規模合戦の様相を呈する、けいどろ。そしてこれだけのカリスマ性を持っていると、目の敵にする奴も出てくる。
彼が来る前のガキ大将は、恨み節トップだ。
彼にお株も友達も持っていかれてしまったからな。望まれずになった、一匹狼、といったところか。
ガキ大将はどうしても彼に吠え面をかかせたくてな、事前に村長と相談して、策を授かっていた。
少々、奇妙な策だったが、勝ちさえすればすべての誇りを取り戻せると、ガキ大将は信じていたんだな。
そして、けいどろが始まった。彼はどろぼう。ガキ大将はけいさつだ。
制限時間は日が暮れるまで。範囲は村の境界を示す、川べりまで。
ガキ大将の得意戦術は挟撃。相手を誘い込んで、はさみうちにする、基本的かつ有効な作戦だ。足に自信がない奴でも、待ち伏せ役にすれば、捕まえられる目が出てくるからな。
地元民で暴れん坊のガキ大将。何気なく見える風景の中でも、どこに起伏があるか、どこに足を取られるぬかるみがあるか、よくわかっていた。
次々と策にハマって捕まっていく連中。けいさつ側は勝利の寸前までいった。
残るは奴だ。ガキ大将の作戦は通用しない。足も速い。
もはや人海戦術しかないのは、経験上、よくわかっていた。
いつもはあっという間に姿をくらませ、かくれんぼに近い様相を呈する、彼との勝負。
だが、その日の彼は違った。
追手が迫ると逃げるんだが、追手が疲れて足を緩めると、ピタリと立ち止まるんだ。そして、ある程度近づかれたら、また逃げる。これの繰り返しだ。
おかしい。もうどろぼうは彼だけだ。囮作戦にもなりはしない。
そして、仲間を助け出すようなそぶりもない。
ただただ、追手を引きつけて、距離を取っていく。限界範囲である、川べりに向かって。
もう夕日が暮れようとしている。一目散に逃げればどちらにせよ勝利だというのに、舐められているような気さえした。
だが、ガキ大将は村長の策を思い出す。
もしも、彼がガキ大将にとって完全な勝利を目指しておらず、境界に向かうことがあれば、そこの入り口で、これを着て彼の後を追え、と。
そして、出てきたのは、トラ縞の服。それはどこか、鼻をつく臭いがした。
でも、ガキ大将はためらわない。見張りを残して、すでに姿が見えない、彼と追手のみんなを追った。
川べりにつく。ここから先は、けいどろの範囲外。
だが、川に向かって、いくつものわらじがつけた、小さな足跡が続いていた。
その川を境にして、向こう岸は一層暗い闇が降りている。何歩も先は見えない。
そこでガキ大将は、服を着た。
それは奇妙だった。先ほどまでの暗闇が、パッと消えて昼間のような明るさになった。
そして、ガキ大将は目を見開くことになる。
暗くて見えなかった、川の向こう。
背の高い木の枝に、足をくくりつけられ、口には泥を突っこまれ、逆さづりになっている、追手役の皆がいた。
奴がやったのか。大人しそうな面相からは想像のできない事態に、わずかながらもおののきつつ、ガキ大将は逆さづりの仲間を助けていく。
意識を失っていた仲間によると、川を渡ろうとした彼に近寄ったところ、急に目の前が真っ暗になり、木から降ろされるまで、あの有様だったらしい。
そして、最後の一人を助け出した時、ガキ大将は見た。
木立の中から見え隠れする、彼の影。
その後ろには、腕、足、頭……体の一部を失いながらも、うごめいている人間の輪郭が浮かんでいたんだと。
そして、ガキ大将たちの姿を認め、彼は一瞬だけ、驚いた顔をした。
だが、次の瞬間。彼の髪がわずかに逆立ち、頭から小さな角がわずかに生えたんだそうだ。
それを見て、ガキ大将は悲鳴をあげながら、皆を連れて逃げ出す。
後ろからは無数の足音が迫って来ていた。
それらが川を越えると、ウソのように聞こえなくなり、ほっとしたそうな。
その日から、彼はいなくなり、その家族も姿を消していた。
村長の話では、ガキ大将が着た服は、昔、生贄を捧げる者が身につけていた服だとのことだ。
腹を空かせた「向こうの連中」が、しびれをきらせてやってきたのだという、もっぱらの噂になったらしいぜ。




