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医は心術なり (歴史・ヒューマンドラマ/★)

 うーん、これは足をくじいたわね。骨までは折れていないわ。

 湿布を貼っておくけれど、しばらくは足に無理をさせないでね。といったところで、つぶらやくんは聞かないでしょう。なので、体育の時間が終わるまで、この保健室でお休みです。

 代わりに先生が話し相手になってあげるわよ。それとも、こんなおばさんじゃ嫌かしら。

 あらま、きょとんとしちゃって。お利口さんのつぶらやくんでも、この辺りの感覚はまだまだね。安心したけど。

 え? 保健の先生としての仕事は楽しいですか?

 難しい質問ね。仕事関連に関しては、正直きついかなあ。

 きついのに、どうして仕事をするの?

 はは、つぶらやくんの質問はいつも鋭いわね。君がもう少し大人になったら、わかるかなあ。

 でも、それをのんびり待ちたくないのも、つぶらやくんの時期よね。

 少し、大人になれるお話し。しちゃおうかしら。


 つぶらやくんにとっての、「仕事」のイメージ。どんなものかしら?

 誰かの役に立つこと? 誰かに必要とされるようになること?

 うん、いい回答。つぶらやくんは、よっぽど良い大人、良い出会いに恵まれたのね。その気持ちは大事にしてほしいと、先生も思うわ。

 だけどね、役に立つため、人に必要にされるためには、お金や技術といった先立つ力も必要なの。特別なことを持たない、できない人にこの身を預けるなんて、物好きでなければできないわ。

 世の中には、たくさんの資格があるのは、もう知ってる? 車の運転免許もそうよ。

「自分はこんなことができますよ」というアピール。口で言っても通用しないから、誰にでも見える形で用意するのよ。安心してもらうためにね。

 ただ、それは求められる型に、個人をはめることでもある。フィクションだと無免許とか型破りとかの肩書きを持つ人が多いのも、それへの反発かもね。

 どう、ちょっと難しい話だった? つぶらやくんは、色々なところでうなずいてくれるから、力が入っちゃったわ。

 じゃあ、型にはまらずに人を助けようとした、お医者さんの話をしましょうか。


 戦国時代。まだまだ薬というものが、高価で貴重な品だった時のこと。

 国々を渡り歩く、流れのお医者さんがいたわ。

 手足は木の枝のように、細くて頼りない。けれども、屈強な男たちも彼の前では、腰砕けになってしまったそうよ。

 そのお医者さん、今でいうところの、整形外科とマッサージを専門にしていてね。

 あ、整形外科って別に顔を良くするわけじゃなくて、骨折の治療とかをする人よ。


 そのお医者さんは、昔からとても悩んでいた。

 医学知識のない人が、本当は治療が必要なのに、あるいは金がかかるから、あるいは痛いのが嫌だから、あるいは医者そのものに吐き気がするからという理由で、医学から遠ざかり、大事な命を縮めてしまうことを。

 苦しいことがあるならば、それ以上に楽しいことを。いや、むしろ楽しいことだけの治療はないものか。

「良薬は口に苦し」というが、飲んでもらえない薬に、人を救えない薬に、どれほどの価値があるのだ、というのがお医者様の達した結論だったみたい。

 お医者様は先祖代々伝わる、様々なものを手放し、それをあらゆる銭として諸国を巡り、ついに奥義に到達したわ。


 それは痛みなく、骨折や脱臼を直す術。

 折れてしまった骨、外れてしまった肩は、そのままにしておいたら、変な形で固まってしまい、ひどい時には後々の生活に支障をきたしてしまう。

 かといって、骨を元の形にするには多くの痛みを伴い、泣き叫ぶ患者を押さえつけることも珍しくない。

 そこに現れた、お医者様の痛みなき治療の奥義は、多くの人に歓迎されたわ。

 人手も麻酔もなく、身体の調子を整える技術。やみつきになってしまう人も多かったそうよ。

 幸いかどうかは微妙だけど、整形の専門家だったから、彼のおよばない領域に関しては、他の医者たちが担当してくれて、住みわけがはっきりしていた。

 彼が訪れる領内には、ささやかな笑顔が戻っていったそうよ。


 これで、めでたしめでたし、と言いたいところでしょう。

 ところが、そんなに甘い話はなかったわ。

 ある時、長く留まった某大名の領内で、彼はお尋ね者として、捕らえられることとなったわ。理由は「民を惑わせる悪魔の使いのため」。

 殿様の前に召し出された彼は、自分の思いのたけをさらけ出し、堂々と申し開きをしたわ。

 それをすべて、聞いた上で、殿様はおっしゃったわ。


「貴様が治療した者は、治療そのものの快楽に憑かれた。見よ、今でもそなたの姿に胸を躍らせる者がおるわ。医は人の心を癒す、仁術にして心術なり。術そのものの、虜にしてはならぬのだ。貴様の医、偽物だな。牢で頭を冷やせ」


 お医者様は牢に入れられたけれど、人々を癒せぬ苦に耐えられず、およそ十日後に舌を噛み切って、自害してしまったそうよ。

 そして、殿様の不安はあたった。

 彼の治療によって、痛みを忘れ、痛みを恐れるようになった兵士たちは、押し寄せる敵勢に対して、戦う前から意気消沈。

 連戦連敗の果てに、とうとう殿様の国は、隣の殿様に乗っ取られてしまったとのことよ。



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