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だからあなたは痩せられない (恋愛/★★)

 はい、こーらくん。ささみ入りサラダ、できたわよ。一緒に食べましょ?

 ダイエット中なのに、肉を食べていいのか?

 あらあら、物書きらしからぬ発言ね。最近はお肉ダイエットが流行っているのよ。

 たんぱく質をたくさんとって、新陳代謝の活性化が主な目的。他にもたくさん効果があるらしいわ。

 それ以上やせたら、健康に悪いって?

 こーらくんって、ぽっちゃり系の女子が好きなの? そういうわけでもない?

 着やせして見えているなら嬉しいけれど、私はけっこう重いし、体脂肪もあるわよ。

 夏に向けてあと5キロ……いや、3キロは落とさないと。みっともなくて、水着なんか着れたもんじゃない。


 当然、不安はあるわよ。

 間に合わないんじゃないか、リバウンドしてしまうんじゃないか、費やした人生の時間を無駄にしてしまうんじゃないか。

 だけど、私は信じているわ。前向きな可能性を。

 信じなかったために、取り返しのつかない目にあった女の子を知っているもの。

 聞きたい、こーらくん?


 高校時代。

 その子は、尋常じゃないほど太っていた。クラスの女子はおろか、男子すらも圧倒する体格。からかわれることも多かったと聞くわ。

 見た目だけなら、多くの男の理想から大きく外れていたかもしれない。

 だけど、その子は決して人の悪口を言わなかった。いくら自分が蔑まれても、その人を憎むことなく、むしろ忠告をしてくれてありがとう、と素直に受け入れて、見えないところで努力を重ねる子だったわ。

 愚痴を共有できないから、彼女は多くの女子グループからも仲間はずれ。それでも内面を知る一部の人からは、大きな信頼を得て、愛されていたわ。


 そして、彼女はある男の子から告白されて、それを受け入れた。

 皆がうらやむ美貌を持っているとか、スポーツで華々しい活躍をするとか、勉強に関しては他を寄せ付けない実力があるとか、いわゆるヒーロー性には、乏しい男の子だったみたい。

 本を読むことと、占いをすることが好きで、人の悲しみを一緒になって悲しんでしまうような、女の子みたいな男の子。

 彼は男子の中で、飛びぬけて背が低かった。彼女と横に並ぶと、まるで小人と巨人。

 恋人とか、親子とかを通り越したその体格差に、「ペットと飼い主」、「いざという時の非常食」などと、心無い陰口が叩かれることもあったわ。

 自分だけでなく、彼も卑下される。それが、彼女の心にほんのわずかな影を落とし始めたわ。


 彼女は彼に聞いたわ。私、もっとやせた方がいいかって。

 彼は、そのままの君がいい、と言ってくれた。でも、そのままでは彼がけなされる現状を変えることはできないだろう、と彼女は思う。

 彼の名誉を守りたい。ただその一心だった。彼女は彼を熱心に説き伏せ、ついにダイエットの実施について、首を縦に降らせることに成功したわ。

 彼女の体質は生まれつきのもので、食事の摂り過ぎや運動不足が原因ではなかった。

 だけど、彼に恥をかかせないため、彼女はただでさえ少ない食事を更に減らし。ロードワークを始めとするトレーニングを、本格的に開始したわ。


 一カ月、二カ月、少しずつ時間が過ぎていく。彼女も毎日体重計に乗り、一喜一憂していたわ。かなり無理をしたためか、体重は減ったのだけど、授業中に居眠りをしてしまったり、体育の時間に貧血を起こしたりと、体調を崩し気味になってしまったわ。

 もう、やめて欲しい。僕は何と言われても構わない。身体を大事にしてくれ、と彼は何度も頼み込んだけど、彼女は聞く耳を持たなかったわ。

 まだ見た目に極端な変化はない。これでは、彼の悪評はおさまらない。

 彼の制止と泣きそうな顔を振り切って、彼女はなりふり構わないダイエットを続けたわ。

 彼の「絶対に君の力になるから」という、必死の叫びにも、耳をふさいで。


 そうして、彼女の努力が少しずつ報われ始めた時。学校帰りに、ロードワークをしていた彼女は見てしまったわ。

 彼が別の女の子と、一緒に歩いているところを。

 それだけだったら、彼女はたまたまだと思い、深く追及はしなかったでしょうね。

 だけど、彼が連れている女の子は、自分と容姿が似ていたの。自分が理想的に痩せたのならば、きっとこうなるだろう、というスリムなモデル体型だったわ。

 この時、彼女の中で感情の堤防に、小さなひびが入った。

 自分はこんなに頑張っているのに。そちらから私を裏切るなんて。

 しかも、自分の当てつけのような子まで用意して。どういうことなの。

 一人の時には無縁だった黒雲が、彼女の心を覆い始めた。

 彼にそれとなく、自分に隠し事をしていないかと尋ねたけれど、口を割ることはなかったわ。それがますます、彼女をマイナスへと導いていく。

 彼女の体重は順調に減っていたけれど、それは心の許容量も同じだったわ。


 そして、何日も経った時。

 もう何度目になるか分からない、河川敷でのロードワーク。

 彼が例の女と一緒に歩いているのを、彼女は見かけたわ。時間は夕方。人の姿は見当たらない。

 彼女は二人目がけて、文字通り突進したわ。気配に気づいた彼が、彼女と例の女の間に割って入った。

 彼女はもう、例の女に突っかかることしか、考えていなかったわ。立ちふさがる彼を弾き飛ばし、例の女に掴みかかったわ。


 ところが、腕を掴んだ瞬間、暴れるなり逃げ出すなりすると思っていた例の女は、彼女にしなだりかかってきたわ。

 戸惑う彼女の腕に抱かれた例の女は、彼女の身体に文字通りのめり込んでいく。その早さたるや、スポンジの生地に、水が染み込むようにあっという間のことだったわ。

 同時に彼女は、体中が太陽になってしまったかのように熱くなり、その場で悶え転げてしまったの。

 視界の端で、土手に倒れ伏していた彼の顔が、こちらを向いているのが見えたわ。

 彼の身体は、地面に少しずつ沈んでいたの。沼にはまったみたいに。

 下半身はすっかり見えなくなっている。すでに胸が沈み始めた彼は、最後に言ったわ。


「君の力になれなかった。ごめん」と。


 彼女がどうにか立ち上がった時、彼はすっかり地面の中に吸い込まれてしまっていた。

 いくら掘り返しても、彼の身体が出てくることはなかったわ。


 途方に暮れた彼女は、行方不明として捜索願を出していた彼の家を訪ね、母親から話を聞いたわ。

 制止を振り切ったあの日から、彼は図書館からたくさんの本を借りてきたこと。

 部屋の中に、何をかたどったか分からない、幾何学模様が書かれていたこと。

 その日から、彼は彼女とそっくりの、ただし、枯れ木のように細い、例の女を、たびたび家に連れてきたこと。

 そして、例の女は、見かけるたびに徐々に太っていたこと。


 彼女が家の体重計に乗ると、自分の体重は元に戻っていたわ。

 彼が、家に例の女を連れてきた日と、同じものにね。

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