クローバー畑で摘み取って (歴史・童話/★★)
先輩は四つ葉のクローバー探しにはまったことあります?
やっぱりありますよねえ。有名なラッキーアイテム。
見つけた者に幸運をもたらす。見つかる確率は一万分の一だと。
この確率、高いと思います? それとも低いと思います?
簡単に見つからなさそうで、ひょっこり見つかりそうな、希望が持てる数字に感じられませんか? 実際に見つけられた人は多いんじゃないでしょうか。
では、先輩。五つ葉以上のクローバーは探したことがありますか?
五つ葉なら偶然、見つけたことがある? ほほう、なかなかのおてまえで。
そんなレアに縁のある先輩に、クローバーに関するお話をプレゼントです。
ぜひ、聞いてください。
五つ葉のクローバーは「経済的繁栄」の象徴だといいます。先輩も見つけてしばらくは、金運が上を向くんじゃないですか?
五つ葉以上も、クローバーには意味があります。
六つ葉になると、「地位や名声」。
七つ葉になると、「無限の幸福」。
八つ葉になると、「子孫繁栄、家内安全」。
九つ葉になると、「神の運」。
そして十の葉は、「完成」。
どうです。徐々に、一人の人間が享受できるものではなくなっていきませんか?
一人で得られる限界は、七つ葉までだと私は感じています。
子孫も家庭も、自分以外の誰かがあって成り立つこと。神に愛されるということは、人でなくなるということ。そして、人は永遠に完成にたどり着けないこと。
だから七つ葉に込められたメッセージに、人は心惹かれます。
誰でも、幸せの証人として、生きたいのですから。
昭和が始まって、十数年の月日が流れたころ。
「シロツメクサ」の名でも知られていたクローバーたちは、今と同じように、子供たちの間で幸運のお守りと信じられていました。
この頃の日本は、戦争に向かってひた走っている時期。戦地へと赴く家族に向けて、せめてもの祝福を、と子供たちは野山を駆け回り、自分たちにできる祈りを込めました。
ある日、子供の一人がクローバーを求めて、歩き慣れた山の中を、奥へ奥へと急いでいました。
お父さんの出征の日が近いのです。それまでに何としても四つ葉のクローバーを手にしなくてはいけなかったのでした。
しかし、近所の四つ葉のクローバーたちは、他の子どもたちと一緒に、取りつくしてしまっていました。
お父さんが赴くのは、人の願いを木っ端のごとく吹き飛ばす戦場。幸運は両手で抱えるほどでも足りません。
わき目もふらず、木立の中へと分け入って、前へ前へと進む彼は、やがて開けた場所に出ました。
そこは、一面のクローバー畑とでも言うべき場所でした。見渡す限りを「シロツメクサ」が埋めています。
なぜ、この場所を、今まで知らなかったのだろう。
そんなことを頭の片隅で思いながらも、少年は夢中で駆け出しました。
クローバーの葉の一枚一枚。見逃すことがないように、踏みつぶしたりしないように、少年は吟味していきます。
少年が山に入った時は、もう夕方にさしかかろうという時間帯。なのに、このクローバー畑は真昼のように、暖かい日差しが差し続けました。
そして、彼はついに四つ葉のクローバーを見つけることができたのです。
少年が満面の笑みで摘み取るのと、声がかかるのは同時でした。
「おやおや、こんなところまで来ちゃったのかい」
振り返ると、数歩先に見慣れない老婆がおりました。
ボロボロのもんぺと防災頭巾。手にはバケツを持っています。まるで、避難訓練を行った直後のような出で立ちだったとのことです。
「来ちゃった以上は仕方ない。またクローバーが欲しくなったら来るといい。ただし、一人だけでだ。他のみんなと一緒に来てはいけない」
そう言い残して、老婆は林の中へと消えていきました。
少年も我に返ると、すぐに来た道を引き返します。
クローバー畑にいた時は明るかったはずの空。林を抜けた時には、もう夕日の光をわずかに残すばかりの、黄昏時を迎えていたそうです。
老婆の言葉。それは少年の心に引っかかっていました。
あの畑を訪れる時は、一人でなくてはいけない。それはなぜなのだろうか、と。
幸せを一人占めにしろというのか。みんなに分け与えてはいけないのか、と。
少年の父親以外にも、出征する男たちはたくさんいます。その無事を思う子供たちもまた然り。
悩んだ少年は断を下します。
幸せをみんなに分け与えよう、と。
クローバー畑にやってきた子供たちは、目の前の光景に夢中になり、四つ葉のクローバー探しに没頭します。
少年もまた四つ葉のクローバーを探しました。
自分が見つけたものを、みんなにおすそ分けするつもりだったのです。
ところが、ほどなく騒ぎが起きてしまいました。
同じ四つ葉のクローバーを見つけた、二人の子供がケンカを始めてしまったのです。
口論から、取っ組み合いへ。二人は目まぐるしく攻守を入れ替えながら、クローバー畑を転がります。
下敷きになったクローバーたちの中には、茎をちぎられて悲鳴をあげるものもいましたが、二人はおかまいなしでした。
足で、身体で、クローバーたちを容赦なく踏みにじります。仲裁に入る子供たちも、事態をおさめるまでに何本ものクローバーたちを、犠牲にしてしまったのです。
おろおろする少年の背後で、あの老婆の声が響きます。
「やはり、守ることはできなかったか」
少年は振り返りましたが、老婆の姿はありません。確かに、自分の近くにいるはずなのに。
「早く去れ。二度とここには近寄るな」
有無を言わせない、強い語気でした。
少年は興奮する彼らを何とかなだめすかし、各々が四つ葉のクローバーを手にすると、クローバー畑を後にしたのです。
無残な姿になった、クローバーたちの亡骸を、そのままにして。
それから、少年たちがクローバー畑を訪れることはありませんでした。
あの後も、何度か向かった子供がいたのですが、不思議と、その畑にたどり着くことは、二度となかったとのことです。
続く戦争は、人々を傷つけ、命を奪っていきました。
しかし、四つ葉のクローバーを受け取った父親たちは、全員無事に帰ってくることができたのです。
そして、子供たちは父親たちと再会することができました。
空襲により、自分たち以外のすべての人と建物が、犠牲となったその場所で。




