探せ衣類 守れ命 (コメディ・ホラー/★)
こーちゃんはさあ、高校の修学旅行はどこに行ったの?
へえ、あそこかあ。最近の修学旅行ってさ、海外に行く学校もあるらしいよ。
国際社会への足掛かりって奴なのかなあ。グローバル化が進んでいる証なのかも。
僕の学校は国内だったよ。
行きは寝台列車で、帰りは飛行機。帰りだけ飛行機って、コストの問題なのかな。
寝台列車って、思ったより揺れるんだねえ。僕はぐっすり眠れたけれど、友達には一睡もできなかったって人もいたよ。
おかげで翌日の史跡見物は、ほとんど眠った状態だったみたいだけど。
その分、旅館では大はしゃぎ。まるっきり昼夜逆転現象だったね。欲を言えば、先輩が泊った旅館が良かったんだけど、妙な事件があったらしくてね。
こーちゃん、興味がある?
じゃあ、話そうか。
その年、先輩たちの修学旅行は三泊四日で行われた。そして三泊とも同じ旅館に泊ったんだって。
その旅館の周りには、色々な聖人や妖怪たちの逸話が残っているらしいよ。
特に旅館そのものには、守り神様がいて、大きな災いを退けてくれているんだとか。
バス移動するのに、最終的にはその旅館に戻ってくるものだから、なかなかのタイトスケジュール。
自由見学に関しても、上手くやりくりしないと、チェックポイントすら回れない、なんて事態もあったみたい。
そんなこんなで、昼間の疲れを癒すために、みんなは旅館でくつろぐわけ。そしてお約束の温泉タイム。
修学旅行となると、人数が多いからね。男子と女子、それもクラス別で入浴時間が分かれていたりする。
男も女も、いろいろはっちゃけたり、張り合ったりと忙しいと思うけど、そこらへんは、物書きこーちゃんの方が達人だろうから、あえて詳しいことは言わないよ。
事件は二泊目の夜に起こったんだ。
その日、男の先輩たちの部屋に、女子たちが押し掛けたんだって。
一人、二人でやってきたならば、色々と妄想を膨らませる人がいるのだろうけど、十人単位。それも険しい表情をして迫ってこられたら、甘ったるい空気なぞ漂うすき間もないよね。
思わず、正座してしまった男子たちの前で、女子の一人が問いただしたんだって。
「この中で、盗みを働いた奴がいたら、素直に出てきなさい」ってね。
修学旅行。旅館。男。そしてこのセリフほど、脳みそ活性化の言葉はないだろうな。
「英雄だなあ」とか「そこまで、俺たちは信用ないのか」とか「先生にチクらないあたり、妙なプライドがあるなあ」とか、色々な思いが、男子の脳裏を駆け巡ったみたい。
結局、荷物を調べても物的証拠は見当たらず、女子たちは何度も謝って、部屋へと戻っていったみたい。
生徒でないとすると、先生や従業員が犯人だろうかって、旅館ミステリーになりそうな雰囲気だったけど、すでに消灯時間。
先生の巡回の合間を縫って、男子も女子も色々予想を立てたんだってさ。
女子の服たちが行方不明になった、翌日の晩。事態は新しい方向へと、動き始めた。
今度は男子の服たちが盗まれたんだ。もちろんパンツも。
たちまち生徒たちの間で騒ぎになってしまって、犯人探しに躍起になる者もいたけれど、最終的に盗まれた衣服は出てこなくて、途方に暮れちゃったって。
盗難についての責任は負いかねると断ってあるから、弁償もしてもらえない。
神様が災いから守ってくれるなんて、ウソじゃんとみんなふくれっ面になりながら、その日の布団に潜り込んだんだ。
ほとんどの人が、神様への印象を悪いものとする中、ある出来事を目にした先輩は考えを改めざるを得なかった。
その出来事を目にした、先輩の証言だよ。
夜中に先輩は目を覚ました。トイレに行きたくなったらしい。
部屋の中にはトイレがなく、旅館の端の方にある、集団用のものを使うしかない。
ちょうど、見回りの先生たちがいない時間帯で、屋内は真っ暗。
先輩は、暗闇は怖くなかったけど、けがをするのもつまらないし、目を慣らしながら、ゆっくり歩いていったみたい。
トイレの明かりをつけて、便座に座り込んで一息ついた先輩は、ふと、そばに取り付けられていた小窓から外を見た。
見慣れたはずの林の中で、地面が動いていた。ずず、ずずと何かを引きずる音も聞こえてくる。
先輩はこれとよく似た音を聞いたことがある。
大繩飛びの時に使う縄。あれがだらしなく地面をこする時にする音だ。
先輩の脳裏に嫌な予感がよぎり、それは窓越しに二つの瞳ににらみつけられたことで、確信に変わった。
それは長い胴体を引きずる、うわばみだったんだ。それも旅館全体を締めあげて、人を容易に吞み込めそうなくらい、大きな。
窓越しだから、薄っぺらい壁があったけれど、そんなものが役に立ちそうにないのは明らか。
先輩はにらんでいる目にくぎ付けになって動けず、うわばみが自分めがけて大きく口を開けていくのも、じっと見ているばかりだったんだって。
ただ、奴が壁と個室ごと、自分を吞み込もうとしているのと、キテレツな最期が迫っていることはぼんやり認識できたみたい。
そして、うわばみの口が最も大きく開かれた時。
無数のヒラヒラしたものが、うわばみの口の中に飛び込んでいった。
それは、自分たちの下着を含めた衣服たち。あたかも意志を持っているかのように、化け物うわばみの口の中に、次から次へと飛び込んでいく。
あまりの光景に、トイレにいて良かったと先輩は思ったって。
お腹が緩みっぱなしで、人に見せられたもんじゃなかったらしいよ。
一体、何百枚の衣類が、うわばみの食事になっただろう。
やがてうわばみは口を閉じると、苦しそうなうめきを漏らしながら、身体を翻した。丸太数本分はあろうかという胴体の影が、ゆっくり這いずって消えるまで、先輩はその場を動けなかったんだって。
翌朝。衣服は行方不明になったまま、先輩たちは帰路に着いた。
お気に入りをなくした、一部の生徒たちはずっと文句を垂れていたけれど、先輩はのんきで何よりと思ったらしいよ。
もっと大切なものが、それによって助かったことに、自分以外は気づいていないのだから。




