空き地の1000ミリ土管口 (ホラー/★★)
こーちゃん、お疲れ。悪いねえ、子供たちの相手をしてもらっちゃって。
うちの子たちは、まだまだ追いかけっことかの、屋外での遊びに興味しんしんでね。朝から夜まであんな調子だよ。
さっきまでかくれんぼをやっていた? ちゃんと全員見つかったかい? ふう、そりゃあ良かった。
お約束だが、神隠しにでも遭ったら、ことだからね。科学が発達しても、神隠しの原理は未だに分かっていない。
私が小さい頃は、行方不明になる子というのは、もう少し多かった記憶がある。犯罪に巻き込まれたケースもあったね。
あの頃は、事件があるたび、テレビは大々的に取り上げて、大騒ぎをしていたよ。殺人事件なんて、一件でも発生したら、一日中、そのことを取り上げ続けていた。
今は、殺人事件がたくさん発生しても、昔ほどのインパクトはないことが多い。
慣れというのは、怖いものだよ。分からないものがそばにいなければ、人間はふぬけになってしまうかもね。
気を引き締めるためにも、こんな話をこーちゃんにプレゼントしようか。
私たちが小さい頃は、まだインフラが整備されきっていなかった。そのために、日本全国には空き地が多くて、子供たちの格好の遊び場となっていた。
空き地につきものなのが、土管だ。二段、三段と積み重なっているその姿は、時代をよく象徴していたと思うよ。
覗きやすいけど、パッと見た感じでは中身が見えない。そんな大きな筒たちを、私たちは色々なものの隠し場所、もしくは自分自身の隠れ場所として大いに利用した。
これは、そんな子供の時期に、私の友達が体験した、不思議な話だよ。
その日の放課後。
友達はクラスのみんなと一緒に、町内かくれんぼをしようということになったらしいんだ。
人の家などの建物の中、そして神域が設けられている学校の裏山以外ならば、どこに隠れても構わないルール。
時間は日が暮れるまで。鬼は全体の人数の三分の一が参加する。
鬼に見つかった人は、鬼の仲間になって他の人を探す。
このルールだったから、自分の隠れ場所がバレるのを恐れて、参加者は個々で散っていくことになる。
そして、私の友達が選んだのは、町はずれにある空き地の土管。直径が1メートル近い、大型のものだ。
ポピュラーではあったけれど、それでも少しでも見つかりづらくするために、友達はピラミッドの頂点をなす位置の土管に、潜り込んだらしい。
時折、外からみんなの声が聞こえてくる。見つからなければよし、見つかったならそれでもよし。友達は勝ち負けよりも、純粋にかくれんぼを楽しんでいたんだね。
ところが、なかなか見つけてもらえずに、日が暮れ始めてしまった。
こりゃあ、勝っちゃったかな、と友達は顔をひょっこり土管の外に出して、辺りの様子をみたんだ。
それは、あまりにおかしなことだった。
下に積まれていたはずの土管がない。それどころか、自分の真下にはポツポツと、蛍の光みたいに頼りない明かりが、ちらほら見られるだけで、他は真っ暗だったんだ。
耳を澄ますと、川のせせらぎのような音が聞こえる。暗すぎて、川かどうかの判別はつかなかった。
土管が宙を浮いている。友達は事態を理解できずに、ふと自分のお尻の方を振り向いた。
見えない。
土管は文字通りの管で、必ず入口と出口、二つの口があるはず。自分がのぞいているのが入口ならば、後ろは絶対出口が見えなければおかしい。それが見えなかったんだ。
あるのは、外と同じような闇だけさ。何者も拒まない、漆黒の空気が、友達の背中を見つめていたんだ。
友達には、もう何が起きているのか、分からなかった。
思いっきり叫ぼうか、とも思ったけれど、何より背後が恐ろしくて、できなかったと言っていたよ。
まだ姿を見せていない何者かが、自分の声を聞きつけるかもしれないと考えると、押し黙るより、他にない。
後ろに何かがいる。その友達の判断は、あながち間違いではなかったのかもしれない。
友達はいきなり、後ろから突き飛ばされたのさ。いや、正体は分からないから、正確には突き飛ばされたような衝撃に襲われた。
それは土管にふちにしがみついていた、友達の握力をものともしない、力強さ。たちまち、友達は土管から放り出されて、黒の海へと落ちていってしまったんだ。
もう我慢できずに、あらん限りの悲鳴をあげて、目をつむっちゃったらしいよ。
気がつくと、友達がいたのは学校の裏山だった。
けがはなかったものの、辺りには大小さまざまな石ころが散らばっている。
そして、ちぎれたしめ縄。ここが神域であることを示す証拠だ。
友人は震え上がった。この裏山には近づくことを禁じられた神域の中に、しめ縄を巻かれた岩がある。
おじいちゃんやおばあちゃんによると、「鬼」を封じ込めたという伝説があるらしい。
友人がいくら辺りを見回しても、しめ縄を巻いて、無骨にたたずむ、見慣れた巨岩の姿は、どこにもなかった。
その代わり、あたりに散らばった、様々な大きさの石たちが、岩の最期を雄弁に物語っていたんだ。
恐ろしいことをしてしまったことと、おじいちゃんたちに怒られることから逃げ出した友人は、私に話してくれるまで、その日のことを誰にも語ったことがなかったらしいよ。
かくれんぼについては、友人はうまくごまかしたらしい。
あの土管も、姿を消してしまっていたからね。
岩が壊されたことは、瞬く間に町で噂になったけれど、犯人を探し出す動きはなかった。
その時はほっとした友人だけど、今となっては大人たちの気持ちも分かる。
犯人を吊し上げたところで、すでに手遅れなのだから。
それ以降、友達の町では、かくれんぼをしている子供が姿を消してしまう、原因不明の事件が、起こり続けているとの話だよ。
「鬼」の目覚めたあの時に、終わらないかくれんぼが、始まってしまったのかもしれないね。




