静寂の叫び (ホラー/★★★)
二十四時間ビデオ観賞会、終了っと。
お疲れ、つぶらや。たまには、こんな日があってもいいだろ。
明日のことを何も考えず、一日をバカなことに費やす。そんなこと、若造か、引退した年寄りにしか許されないんじゃないか?
ちょっと時間が経てば、「なぜ、あんな無駄な時間を」なんて嘆く奴もいるかもしれんが、俺はそう思わないね。
無駄などとほざく奴は、ハングリー精神に欠けている。
本当に果たしたい目的があるなら、すべてを自分の血肉にしようとするだろ。この手、心で触れたことを、自分の内に取り込んでさ。
雌伏の時さえ、至福を見出す……なんて、くだらないシャレだ。許せ。
そう考えると、今のネット社会は「無駄」を無くすことに関して、レベルが高い世界といえるかもな。
自分の気に入った情報をいつでも何度でも取り出し、気に入らない奴は簡単にシャットアウトだ。
テレビ番組もそうだな。数あるチャンネルの中から、自分が好きなものを好きなだけ見て、他のものは気にも留めない。
だが、昔はそうはいかなかった。コンテンツが少ないから、それしか見る番組がないなんてザラだったらしい。だから、妙なものが混じることも多かったようだ。
完徹で、俺もテンション上がってるからな。ちょっと語っちゃうぜ。
俺のオヤジが中学生だった時の話だ。
当時はインターネットは一部の者の間で研究されるもので、電話といえば固定電話の時代。情報の伝達量は、現在に比べて著しく限られていた。
カラーテレビが普及し始め、多くの人が小さな箱のまたたきに、一喜一憂するのが当たり前になっていたんだ。
オヤジが中三の年。
秋に入って、オヤジは本格的な学習に取り掛かっていた。
周囲から置いていかれているのは明らかだったし、志望校へは、もう、ふたがんばりくらいはしないと届かなかった。
意欲は十分だったから、誰にいわれるともなく、徹夜に近い勉強スタイル。居間で問題集相手に、にらめっこと殴り合いを繰り返し、休憩する時にはテレビをつけたらしい。
ラジオでも良かったんだが、オヤジの家のものは、音量もチューニングもいかれちまっていたから、近所迷惑になる可能性が高かったんだと。
毎日、東の空が白み始めるまで頑張ったオヤジ。でも、さすがに疲れが溜まる。ついつい、夢の世界に旅立っちまうこともあったらしい。
そして、想像の中で悪事の限りを尽くしたオヤジが、夜中に目を覚ました時のこと。
寝ぼけまなこをこすりながらテレビを見ると、画面の中ではスポットライトに照らされて、スパンコールのドレスを着た女性が、マイクを片手に歌っていた。いや、歌っていると思われた。
聞こえないんだ。歌手の声が。
壊れたかな、と思ってオヤジはテレビについている、音量アップのボタンを押し続けた。テレビは、うんともすんとも、いわない。
口パクか、とも思って、オヤジはじっとテレビの女性を見つめた。
女性の表情や、立ち振る舞いは真剣そのものだ。額からは一筋の汗が流れている。これが演技だとしたら、それはそれで一級品だ。とても手を抜いているとは思えない。
どういうカラクリだ、とオヤジが耳を近づけたとたん。
音が爆発した。
唐突に歌手の姿が消えて、スーツに身を包んだニュースキャスターが登場。オヤジの鼓膜を破らんばかりの、猛攻をかけてきたんだと。
翌日の学校。
オヤジはクラスの連中に、昨夜の奇妙な歌番組について話した。他に見た奴がいれば、感想を共有しときたかったらしい。
残念ながら、昨晩、その番組を見た奴はいなかった。でもオヤジの情報が、受験を控えてピリピリしがちだったクラスの雰囲気に一石を投じたのは、確かだったらしい。
みんなは受験勉強の傍ら、隙あらばテレビのチャンネルを回していたんだってよ。勉強に対するストレスもあったんだろうな。
メシ、フロ、トイレ以外はたとえ布団の中だろうと、テレビをつけっぱなしなんて奴もいたって話だ。
受験は確実に近づいてきていたが、沈黙の番組に関する情報も集まってきた。
オヤジが見た歌の番組は、バリエーションの一つに過ぎなかったんだ。
オーケストラの時もある。ドラマの時もある。バラエティー番組の時もある。
沈黙時間はものの数分。文句を言おうにも、テレビの不調で片づけてしまわれるレベル。学校で噂になったが、結局は不調説が有力となり、事態の熱は急激に冷めていったんだ。
オヤジが歌番組の話題を出して、一ヶ月余りが過ぎた。
受験生たるオヤジたちのクラスは、自主勉強のために学校に来ない連中が増えていた。オヤジはというと、苦手科目の先生に補習を頼み込んでいたんだってよ。
どうも基礎を間違えて覚えていたらしく、その影響が抜けきらないことに、危機感を覚えたらしい。本格的に勉強を始めて、ようやく気付いたこの事実。オヤジの人生の最初の山場だったって話してたな。
毎日毎日が勉強尽くし。その日も補習を終えて、ふらふらと校舎の階段を降りていた時。
後ろから誰かに突き飛ばされたんだ。あと数段だったから良かったものの、あやうく足をくじくところだった。
自分を追い越していくのは、クラスメートの一人。
その背中にオヤジが恨み言をぶつけると、そいつは言ったんだ。
「お前には、あの音が聞こえないのか!」
わけがわからないオヤジを置いて、そいつは昇降口近くに置いてある、緊急連絡用の赤電話の受話器を取ったんだ。当然、鳴ってはいなかったんだぜ。
そいつは激しい身振り手振りを交えて、受話器越しに叫んでいた。いや、叫んでいるように見えた。
聞こえないんだ。そいつの声が。
オヤジは最初、自分の耳がいかれたかと思ったらしい。しかし、あいつが腕を上下に激しく動かすと、ワイシャツの袖が皮膚とこすれて、悲鳴をあげているのは確かなんだ。
文字通り、口角泡を飛ばしながらも、あいつの声だけは、口の真ん前にある見えない穴に、放り込まれてしまっているような気がしたんだってよ。
ひとしきり話し終えると、そいつは受話器を乱暴に置いて、昇降口の外に飛び出していった。
校門までは百メートル近い距離がある。なのに、数秒後、親父が昇降口から外をのぞいた時には、そいつの姿はどこにもなかったらしいぜ。
以来、受験が終わるまで、そいつは学校にやってこなかったんだってよ。
その後。例のクラスメートは、クラス全体の卒業旅行に、ひょっこりやってきたようだ。
額に、ボールをぶつけたかのような握りこぶし大の青あざと、すべての音を遮るような、大きい耳当てをつけながらな。