栄養過多の飽食期 (SF/★★)
いっただきまーす。
ごめんね、こーらくん。休みの日だから、お料理めげちゃった。カップラーメンなんて、本当は食べて欲しくないんだけど。
社畜にはよくあること? それってフォローになっているのかしら?
冷蔵庫の中身が中途半端に余っていると、私はチャーハン、焼きうどん、ラーメンのどれに入れるかの三択ね。なんでも放り込んだ感じがたまらないわ。
食べ終わって一息ついたら、買い物に行ってくるわね。
荷物持ちがいるだろう? あらあら、まあ。ありがたく申し出を受けちゃおうかしら。
ごちそうさまでしたー。
はいはい、容器を預かるわよ。
え、スープまで全部飲んだの?
塩分摂り過ぎ。早死にするわよ。私は絶対に飲まないわ。
じゃあ、スープはどうするかって? もちろん流しにジャー、よ。
こーらくんのことだから、「環境破壊だ! 水質汚染だ!」って叫びたいところでしょ。
言い訳だけど、これにはれっきとしたわけがあるのよ。
免罪符にはならないかも知れないけど、聞いてくれない?
カップラーメンの王道、カップヌードルができたのは、昭和の後半であることは知っているわよね?
完全調理済みの食品として生まれて、自衛隊の人たちといった大口の顧客の存在に後押しされ、今や知らない人の方が少ないんじゃないか、というくらい有名。
こーらくんは、カップヌードルの中身をのぞいたことはある?
え? パリポリかじったことだってあるぞ? 知的好奇心が豊富で何よりね。
見ての通り、小さなエビとか、サイコロに近い形のミンチとかが入っているわよね。
これらはとてつもなく、濃い味付けが成されている。それこそ、出てくるスープ一杯で、一日の塩分を摂取できてしまうくらい。
三分で一日の塩。これって、なかなか強烈なインパクトがない?
私も小さい頃からカップラーメンをしょっちゅう食べていたわ。
色々な味がお店に並んでいたからね。新しい味が出るたびに、お小遣いを出して買っちゃうくらい大好きだった。そして毎日、おやつ代わりにズビズビ、ゴックン。
さっきのこーらくんみたいに、スープも飲み干していたんだけど、お母さんに止められたわ。
我が家の味付けは薄味志向。お母さんから見たら、こんな塩分の塊を、娘がガバガバ飲んでいくことなんて、到底許せなかったでしょうね。
流しに捨てるのもやめなさいと言われて、私は困ったわ。
容器を持って、家の中を、あっちでウロウロ。こっちでウロウロ。迷子みたいになってた。
そうして、縁側に出ていった私の目に留まったのは、学校からの課題で、育てていた朝顔の鉢植え。
学校によっては、校舎の敷地内に置く、ということも多いと聞くけど、うちの学校は自宅で育てろというお達し。
管理の仕方を、直に触らせて覚えてもらう意図があったのかもね。
普段、水ばかりあげていたけれど、このスープはおやつ代わりになるかしら。
子供心にそんなことを思ったわ。それで、わずかに余った具と一緒に、「しょっぱいおやつ」のご提供というわけよ。
それからの私は、カップラーメンを食べるたび、スープを朝顔にプレゼントしていたわ。
不思議なことに、私の朝顔は育つのが早かった。
朝顔は元々、育ちやすい植物だけど、芽が出てから、ツタのための支柱を用意するまでに一週間もかかっていなかった。
観察日記をつけろと言われていたけど、見た通りを記録したらダイジェスト版になってしまって、実物を見せない限り、先生も納得してくれなかった。
成長著しい、私の朝顔は、みんなの注目の的。私も鼻高々だったわ。
ここで調子に乗るあたり、私もたいがいよね。カップヌードルのスープを、更に活躍させようと思ったのよ。自分の家だけでね。
うちの家はね、おばあちゃんが小さな畑を持っていたの。
たぶん、こーらくんが想像しているよりもずっと小さいわ。
なすやトマトや大根をいくつか、季節によって変えながら育てていたのね。
私はそれらにラーメンのスープをかけることにした。とはいえ、おばあちゃんの目を盗むのは苦労したわ。
特に夏場。おばあちゃんの土いじりに余念がなかった。
結局、秋にまいた大根の種がターゲットになったわ。
内緒かつ頻繁にスープをかけていたけれど、朝顔みたいに目で見える急成長、というわけにはいかなかった。
見ている私としては面白くなかったけど、それならそれで、あの朝顔だけが特別だったんだと思うようにしたわ。
けれども、私の思惑は半ば当たっていたわ。
いよいよ大根の収穫という時、おばあちゃんは私を呼んだ。なかなか抜けないから手伝って欲しいってね。
お母さんたちは留守で、家には私とおばあちゃんしかいなかった。私は「おおきなかぶ」に出てくる人みたいに、おばあちゃんの腰に腕を巻き付けて、一緒になって引っ張ったわ。
どうにか大根は引っこ抜けたんだけど、おばあちゃんが悲鳴をあげて、気を失っちゃったの。私も何事かと大根を見て、しりもちをついちゃった。
それは私の知っている大根とは似ても似つかない。
根っこの部分が、人間の四肢を思わせる形に育っていたのよ。その半ばで、一文字に入った切れ目は、あたかも人間の口のよう。
その口がひとりでにパクパク動いたかと思うと、他の植わっていた大根たちが、次々と勝手に地面から抜け始めた。どれもこれも、同じように手足が生えている。
私の目の前で勢ぞろいした彼らは、自分たちの頭の部分に茂った葉っぱを、ぐるんぐるんとプロペラのように回し出し、空へと浮いて、思い思いの方向に飛び去っていってしまったの。
それ以降、私は外にスープを流していないわ。
下水に流したら、もっとヤバいだろうって?
ふふ、そうかもね。だけど、人の目につかないだけ、ずいぶんましじゃない?
願わくは、その状態がずっと続いていくことを、祈るだけね。




