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人から神へと捧ぐ菓子 (ファンタジー/★★)

 おお、こーちゃん。お帰り、今回の旅行はどうだった?

 その顔を見ると、上々だったようだね。

 お土産かい? ありがたくいただこうか。

 なんと、「おいなりアイス」か! 一度食べてみたいと思っていたんだよ。

 今日は泊っていくんだろ? のんびりくつろいでいってくれ。


 ふう、ごちそうさん。一気に食べるのはもったいないからね、ちょっと温存だ。

 しかし、なかなか不思議な味わいだねえ。お菓子の中ではシュークリームに近い感じかな。

 古今東西、同じ、人間という生き物が考えるものだ。どこか根っこの部分では、発想が似通るのかも知れないね。

 お稲荷さんと言ったら、キツネ。実は過去にも、「おいなりアイス」を巡った騒動があったんだよ。結構、マイナーなんだけど、興味ないかい?

 こーちゃんなら、食いついてくると思ったよ。じゃあ、話そうか。


 油揚げがキツネの好物として、認識されるようになったのには、いくつか説がある。

 科学的な理由としては、キツネが農耕の神様と捉えられていたのが大きいらしい。

 神様には、収穫の一部を捧げるもの。人々は、農作物をきつねの穴の前に置いて行ったりした。

 でも、キツネにとっては、食べなれないものを置かれても、迷惑でしかない。そのまま放置されて傷んでしまうこともあったらしい。

 どうにか気に入ってもらおうと、人々が工夫した結果、最初にお気に召したのが「油揚げ」だったんだって。

 これを機に、人間とキツネのつながりができ、「おいなりさん」こと稲荷伸の使いであることが、広く流布されたんだ。

 江戸時代には商売の神様と認められたことで、今度は売れた商品、もしくはこれから売りたい商品を納めることで、繁盛を祈願する風習があったんだってさ。

 そして、件の「おいなりアイス」の話になる。


 大正の終わりから、昭和の初めにかけてのこと。

 当初は高価だったアイスクリームも、生産が盛んになり、庶民の身近な存在として認識されるようになった。

 山々に囲まれたその村では、昔から流行の食べ物を、外れにある稲荷神社に捧げることにしている。

 神様は自分が食事をするところを、人に見せることを好まないから、というのは表向きの理由。

 本当は、キツネが食べ物を求めて、村の中を荒らしたりしないようにするためらしい。


 ただ、アイスクリームは溶けるもの。稲荷神社に置いたままでは、甘ったるい液体が、あちらこちらを汚すことになりかねない。

 そこで「おいなりアイス」が採用されたわけだ。

 こんがり焼いた油揚げの中に、ひんやりと冷たいアイスクリームを入れる。キツネにとっては贅沢なお菓子の出来上がりだ。

 村長もこれをお土産に採用すると共に、稲荷神社に捧げることを決定したそうだよ。


「おいなりアイス」は土産としても、捧げものとしても優秀だったらしい。

 特に後者の場合だと、捧げてから数時間も経たないうちに、姿を消している場合もあった。

 おいなりアイスを口にくわえて、去っていくキツネの姿も確認されたという話だよ。

 おいなりアイスにつられて、農作物の被害が少なくなってくれるなら、安いものだと人々はおいなりアイスを作り続けた。

 ところが、何年か経つと、供えたおいなりアイスがなかなか消費されなくなったんだ。

 とうとう飽きられたかな、と思われたが、キツネの数そのものも以前に比べて少なくなっているような気がする。


 人々が妙に思っていると、ある事件が起きた。

 村長の息子が野犬に襲われ、けがをして病院に運ばれたとのことだ。

 この頃、オオカミは絶滅していたものの、群れを成した野犬たちの被害もバカにできないものがあった。

 怒りに燃える村長が主導となり、大規模な山狩りが行われる。

 首輪のない犬は、片っ端から駆除されていき、山々には犬たちの悲鳴がこだました。


 そうして、駆除は進んでいったのだが、人々は山における犬たちのテリトリーの広さに驚く。

 多くのキツネやタヌキたちの巣穴が荒らされて、時には無残な姿をさらしていることもあったそうだ。

 彼らにとって、犬は天敵だった。野にあっては、集団で狩りを行う獰猛なハンターとなる。野生の嗅覚同士では、逃げ場を確保するのも容易ではない。

 それでも火器を持つ人間たちによって、鉄槌が下され、山はある程度の落ち着きを取り戻したそうだよ。


 山狩りがあってから、数日後のこと。

 犬に襲われてけがをしたはずの、村長の息子がひょっこり村に帰ってきたんだそうだ。

 人々は驚いた。けがについて色々聞いたところ、彼はきょとんとしたらしい。

 数日間、親と一緒に村を空けることを、皆に伝えていたはずだというのだ。言われるまで、そのことは村人全員の頭の中から抜けていた。

 ほどなく、家の中にいるはずの村長が、息子の後ろから現れて、二度驚いた人々。

 言い分も、先ほどの息子と違いがない。

 慌てた村人たちが、村長の家を訪ねると、つい数分前までいたはずの「村長」の姿はどこにもなかったのだそうだ。

 ただ、言えることは、その日から再び、稲荷神社の「おいなりアイス」が、あっという間に姿を消すようになった、ということだね。


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