つきたる息の、祝福を (SF/★★)
あっちー!
おい、つぶらや。エアコンつけてもいいか? このままじゃ肉まんじゅうになっちまうよ!
ぐああ、暑いー! つきたてのエアコン、暑いー!
暑いというから暑いんだ?
分かったよ、もう。
涼しい! 涼しい! ああ、もう涼しくて仕方ねえな!
ふーい、ようやく落ち着いたぜ。
そろそろエアコンも買い替え時かねえ。もう何年選手か分かったもんじゃない。何だか風が思ったより出てきていない気がするしよ。
扇風機! は、ないんだっけか。ええい、うちわだうちわ!
うむうむ、この感じ。デジタル社会でこそ、アナログは光りますなあ。
いつにも増して、情緒不安定?
余計なお世話だ。すべては暑さがいけないんだ。俺は悪くない!
お前だってクールなふりして、そろそろ限界だろ。
ちょっと休憩しようぜ。お前の好きそうな話でもしながらよ。
デジタル家電に頼ることが多い昨今。新しくクリーンなエネルギー求められているのは、知っての通りだな。
かのヒートアイランド現象の原因の一つも、冷房の使い過ぎなんだってよ。
一方が涼しくなりゃ、一方が暑くなる。熱量保存の法則の新解釈ってか?
その熱も涼しさも、突き詰めればエネルギー。エネルギーは使えば使うほど、あらゆるものを疲れさせていく。そして、別れの時を呼ぶ。
昔はそれこそ、クズ鉄になるまで使い倒していた。道具は値が張るもので、おいそれと買い替えることはできない。
江戸時代が徹底されたリサイクル社会だったことは、お前も知っているだろう。
だが、現代にいたっては、大量生産消費財。一つのものと、何十年も付き合い続けることが少なくなってきた。
しかも粗大ごみになると、手数料がかかっちまうから、こっそり不法投棄をする輩が後を絶たないのさ。
それが厄介ごとを引っ張り込んでくることもあるんだが。
俺の友人の友達に、「リペアドライバー」の異名を取った奴がいる。
ネジを使ったものなら、家電からおもちゃまで、中身がイカれていない限り、修理して使い続けていたらしいぜ。
将来は技術者になりたいと話していてな。モノ作りで人に貢献したいんだと、豪語していたらしい。
クラスのみんなも、ねじ止めしてある故障品を、しばしば彼のもとに持っていったらしい。
彼はお金を取らなかったからな。修理店に出すよりも、お手軽ってわけだ。
そんで、ある日の休日。
家の近くで、友人が彼にバッタリ会ったらしいんだ。
工事現場で働く人みたいに、首にはタオル、両手に軍手をはめて、エアコンを運んでいたらしい。
彼の言では、少しいじれば使えるのに、すぐに捨ててしまう人が最近増えているのだと言う。それらを有効活用できないかと、休みの日には粗大ごみを探してさまようんだと。
正直、友人には理解できなかったと話していたよ。現世に降臨した、もったいないお化けだとな。
その日以降も、ちょくちょく彼の姿を見かけたらしい。とはいっても、遠巻きに見るだけで声はかけなかったみたいなんだが。
持って帰るのは、なぜかエアコンばかりだったらしい。何台も何台も持ち帰るものだから、家の中の様子を考えただけで、悲惨な臭いがプンプンしたってよ。
そんなことが何ヶ月も続いた。
学校には来ていたんだが、その、機械油臭くってな。
風呂に入れよ、と注意したら、「入ってるよ!」ってムキになって反発してくるんだってさ。顔が微妙に汚れているから、信じる奴もそういないんだがな。
しかもさ、最初はみんなの方から持ち寄ってくれた、修理の品物。今度は自分から欲しがるようになったんだ。
それもできればエアコンがいいんだってよ。
詰め寄られると、かえって物事は上手くいかないもんだ。学校中のみんなは、じょじょにそいつから距離を取り始めた。
そいつ自身も、みんなは当てにならないと思ったのか、更に粗大ごみ漁り、中でもエアコン漁りに力を入れたみたいだ。
時には、薄汚れたエアコン本体を何段重ねにもして、持っていくのが見受けられたんだそうだ。
リヤカーなどに頼らす、自分の力だけで持ち運ぶ姿は、もはや執念じみたものを感じざるを得なかった。
夏が過ぎて、肌寒くなる季節がやってきた。
とうとう彼は学校を休んだ。一日過ぎ、二日過ぎ、一週間たっても、音沙汰がなかった。
友人は家の近くに住んでいることもあって、先生にプリントを渡すように頼まれたらしい。
彼の家は一軒家。昼間だっていうのに、カーテンを閉め切っている。
友人はポストに、クリアファイルに入れたプリント束を投函。そそくさと帰ろうとした時に気づいたんだそうだ。
軒先にいくつかエアコンが置いてある。おそらく粗大ごみ漁りで見つけたものだろうが、それらには小さい紙がついていたんだ。
動作を確かめているのか、「役に立たない」「動かすことはできなかった」といったメッセージが貼り付けてある。
そのうちの一つを見て、友人は驚いた。
先日、処分するといった、自分の家のエアコンがそこにある。しかも紙には自分の一家の名前が。
「この家のエアコンの風。なかなか調子がいい。動かすことができたのは、初めてだ。次もできればもらおうと思う」
その日から、友人は彼に近寄らないようにしているらしい。
彼も学校は休みがちだが、時々やってきては、友人に向かって不気味な笑みを見せるんだと。
粗大ごみ漁りは少なくなったものの、彼の家からは昼夜を問わず、たくさんの大きな足音が響いてくることがあるそうだ。




