私は聞こえる あなたの鼓動 (ホラー/★★)
お疲れ様、つぶらやくん。今日の配送もこれで終わりだ。
経費で落ちるし、帰りも上の道をいこうか。
ああ、でもサービスエリアには寄らせてくれよ。どうもこの年になると、長時間の運転はこたえるんだ。
ふう。悪いね、一服させてもらって。
仕事をしている時の一服と、仕事をしたあとの一杯。人生の楽しみの一つだね。
つぶらやくんも少し休んでいこうよ。帰ってから、いつもの仕事だろ? あんまり根を詰めると、疲れが分からないまま、疲れ果てちゃうよ。
自分のことは自分が一番よくわかる、という言葉を時々目にするけど、案外分かっていないことが多いんじゃないかな。
特に何かに力を入れている時なんか、前ばかり向いてガンガン進むものだから、周りが見えなくなっていく。そんな自分の周りを見てくれる人がそばにいてくれたら、とても素敵なことだろうね。
更に視野を広げれば、教えてくれる相手が人とは限らない。
つぶらやくんも元気が出てきたかい? じゃあ、少し話をしようか。
人間の歴史で、付き合いの長い動物と言ったら、馬は真っ先に挙げられる候補の一つだろうね。
荷物や人間そのものを運ぶために、古来から利用されてきた。人間の歴史における相棒と言っても過言ではないだろうね。
出力を表すのに、馬力という表現をするくらい、生活に密着していた。
そんな彼らだからこそ、色々なことが見えているのかもしれないね。
その遊馬場では、馬からポニー、ミニチュアホースまで幅広く飼っていた。
知っているかもしれないけど、これらの名前は種類や品種で分けられているわけじゃないよ。
体の高さによる分類なんだ。
乗馬以外にも、馬を飼いたいという人に、販売も行っていたみたいだよ。
けれども、時代の流れ。
遊馬場の経営者も、移動手段は車になっていた。速度も積載量も上だからね。
効率と時間は、お金で買える。
新しい「鉄の馬」と一緒に、遊馬場は経営を続けていた。
車が使われ始めて、かなりの時間が経った。
馬の数も増えて賑やかになり、経営者も飼料の補充のために、町に車で出かけることが多くなっていたんだ。
ところが、その日は妙なことが起こった。
経営者が車に乗って、走り出した時、何頭かの馬が柵伝いに、後をついてくるんだ。車が進むたび、バックミラーやサイドミラーに映る馬の数は、どんどん増えていく。
無類の馬好きだった経営者は、何事かと思い、車を停めて馬たちに歩み寄る。
彼らは鼻先を経営者に向かって、しきりに押し付けてきた。ブラッシングをおねだりするサインだ。
これまた経営者の愛に火をつけてしまい、結局、その日はブラッシングデーとならざるを得なかった。
だが、翌日も、その翌日も、彼らはブラッシングをおねだりをしてきた。
経営者としては喜ばしいのだが、このままではいつまでも用を足すことができない。
そこで、従業員の一人に代わりにお使いを頼んだんだね。
しかし、従業員が乗った車が動き出すと、ブラッシングされていようがいまいが、馬たちは我先にと、車を追いかけ出した。経営主のことなど眼中にないかのようにさ。
もしや、従業員も馬に好かれていたのか、と思った経営者。
彼はここに勤めてまだ一週間も経っていない。この短期間にここまで馬の心を掴むことができるのであれば、すぐにでも助手に格上げしたところだ。
従業員の車が走り去ってしまった後も、馬たちは柵越しに、ずっと車の方向を見ていたのだとか。
その姿は帰ってくる時も同じで、みんなで押し寄せるようにして、車を出迎えしてくれたらしいよ。
更に何日かが過ぎて、相変わらず馬たちは、車の後を追いかけてダイナミックな見送りをしてくれていた。
このようなことが続くと、経営者も不審に思う。
馬たちはどうして自分たちよりも、車に関心を持つのだろうか。
従業員と相談した結果、車検には少し早いが、車を扱う業者にみてもらうことにした。
すると、経営者たちは驚きの結果を知る。
車の各所に、肉眼では発見できないほどの、微細なひびが入っていたのだそうだ。原因は経年劣化のため。
どこか一つでも、本格的に亀裂が入れば車体に致命的なダメージが入る場所。それが奇跡的なバランスで、今までの運転に耐えていたんだそうだ。
よく、気づくことができましたねえ、と業者さんは感心したんだって。
経営者たちは、馬たちをいっそう大切に、愛情をこめて育てることを誓った。
私も仕事が休みの時には、その遊馬場に行くんだよ。
小高い丘の上にあって、見晴らしがいいからね。気分転換にとても最適だ。
乗馬90分コースとかは、馬にまたがってその丘をぐるりと一周回る。
経営者や従業員の皆さんが付き添ってくれるから、初心者でも安心だ。
つぶらやくんもどうだい? 面白い題材に出会えるかもしれないよ。
あ、ただねえ。夜以外で、乗馬ができない時間が決まっているから注意が必要なんだ。
それは、飛行機が上空を通る時。
まれに馬たちが興奮して、一斉に飛行機の後を追いかける現象が、起こるためなんだって。




