運天放浪記 (ホラー/★★)
いよいよ勝負も大詰めだね、こーちゃん。
次のサイコロでの一発勝負。
どちらの運命力が勝つか、いくぜ!
先にゴールしたけど、最後の賭けには負けたか……さすがに、楽には勝たせてもらえないな。こーちゃん相手だと。
こーちゃんって、基本は安全牌ばかり選ぶのに、時々、博打に出るから心臓に悪いよ!
ロマンを追わなきゃ、生まれてきた甲斐がない?
気持ちは分かるけどさ、人生はやり直しが聞かないんだぜ。
なんでもチャレンジしてみろっていうけどさ、それで一生ものの傷を負ったらどうするのよ?
取り返しがつかなくなってから、示唆した人に、へーこら謝られてもなあ。それとも選んだ自分の責任だと突き放すのか。結局は自分が納得した選択をってわけかなあ。
ギャンブルもまたしかり。
こーちゃん。博打の話。興味ない?
サイコロを始めとする博打って、昔からたくさんあるよね。
時には大きなお金を投げうってさ。人間って勝負事が本当に好きなんだと思うよ。
いや。むしろ、幸運に憧れているのかな。
博打に勝つということは、自分がツイていることの証。それは大きな力になる。
スポーツとかでもそうだけどさ、自分に流れや勢いが来ていることを実感できる時があるよね。
会心のプレーを連発し、相手の動きも考えも、手に取るように分かる。面白いくらいのワンサイドゲーム。この快感、一度味わったら止められないよねえ。
だけど、流れはせき止めちゃいけない。いつかは、誰かに渡さなければいけない。
そうしなければ、詰まった流れは、大切なものまで壊してしまうから
平家物語で白河上皇が、思い通りにならないものとして挙げた三つ。
賀茂河の水、双六の賽、山法師。
個人の力で立ち向かえるものは、真ん中のサイコロだけだった。
多くの人に空を仰がせ、地面を舐めさせた、きまぐれの多面天。
神様のご機嫌を取ろうと、古来より多くの人が心血を注いできた。
さいころのランダム性は、そのまま占いにも使える。
あらゆる可能性の中から、勝利のみを拾い上げる天命。それは得難いカリスマをもっていたんだ。
その男は、早くに妻を失い、息子と二人暮らしをしていた。
男は病を患ってから、きつい労働ができなくなっていた。病気がちな男は、どこにいっても歓迎されず、仕事を探し出しては、次々にクビにされていく。
子供は近所の使い走りで小遣いをもらっていたが、裕福な暮らしとは程遠い。
もっと、子供に楽をさせてやりたい。できるならば、今すぐに。
その思いが、男を博打へと駆り出した。
一日中、博打に明け暮れ、大勝ちする時もあれば、手持ちをすべてスッてしまう、ボロ負けもあった。その日は、はした金をもらうだけで過ごしていた時より、みじめな夜が待っている。
近道は、いつでも悪く危険な道。加えて、泥の沼に向かって男は全速力で進んでいた。
目はくぼみ、やせ衰えた男が、定期市で博打打ちの味方だという老婆に出会ったのは、数週間後のこと。
え? いかさまサイコロでも買ったんだろ?
こーちゃんなら言うと思った。でも、話はそんなに単純じゃなかったよ。
確かに、男は老婆から物を買った。
だけど、それはサイコロではなく、滑り止めの袋。今でいう、ロージンバッグだったんだ。
老婆は言った。この袋を使うのは、最短の周期でも三日に一回。絶対に負けられない勝負をする前のみ。
特に連続で使うことは、まかりならない、と。
半信半疑で、ロージンバッグを使った彼。予想通り、そのロージンバッグは彼に勝利をもたらしてくれた。
だけど、それはほんの少しだけ。最初に比べれば、わずかに勝っているというだけだった。
老婆の言う通り、負けられない勝負の時には、非常に役にたつ代物。派手な勝ち方もしないから、相手もいちゃもんをつけづらい。
だが、ロージンバッグを使った日は、負けがない代わりに、大勝もない。元手を増やし、じょじょにレートを上げていた男にとって、もどかしいことだったろうね。
もっともっと。いつかじゃダメだ、今すぐに。
そんな気持ちでいっぱいの彼は、ついに禁を破ってしまったんだ。
その日、勝ち分に満足できなかった男は、勝負を続行した。
しかし、相手もかなりの手練れ。下手をすれば、勝ち分どころか元手すらも吸い尽くされるかも知れない。
男は本日二度目となる、ロージンバッグ願掛けを行う。
内容は絵双六。勝負は白熱した。追い越し、追い越されを繰り返し、二人はあがりを目指して、ひた走る。
サイコロを握る右手が、勝負熱の住み家となったかのように、熱く燃え上がっていくのを男は感じていた。
勝負は紙一重で、男の勝利。白熱した展開に、いかさまを疑う者は現れなかったが、念のために男は、勝ち分の一部を使って皆に一杯おごり、賭場を後にした。
翌日になっても、男の右手の熱さは治まらなかった。服の袖をめくり、男は愕然とする。
左腕に比べて、明らかに右腕が、老人のそれのように、やせ細っていた。
溜まっていた肉を、昨日の熱さで燃やし尽くしてしまったかのように。
その日から、男は賭けをやめ、できることからコツコツと、長続きしない仕事に励むことにしたけれど、やせ細った右腕は、二度と治らなかったみたい。
ロージンバッグは山の中で燃やされて、チリとなった。
だけど、その煙は空に長く留まったんだって。
やがて、大きくまとまって雲となり、男の住んでいた一帯に大雨を降らせた。
仕事をつぶされた人々の一部は、雨が止むまで、博打に明け暮れることになったんだってさ。




