無敵のブラックオオカブト (SF/★★)
よし、バナナトラップの準備もバッチリ! 今年こそ、大物カブトムシをゲットだぜ!
あんがとな、こーちゃん。焼酎を分けてくれて。
父ちゃんも母ちゃんもケチだよな。俺が小学生だからって、アルコールに触れさせないなんて。トラップのために必要って、再三いったのになあ。
そんだけ心配されるってのは、愛されているということだ?
なーんか、こーちゃんも含めて大人はそういうけどさ、実感わかねえよ、俺。
俺からみたら、あれこれ理屈をつけて、邪魔をしてくるようにしか思えねえんだけど。
いつかは分かる日がくるのかねえ?
さてと、設置はこれくらいでいいかな。
また朝早くに来て、確認してみるよ。
去年の虫相撲大会は、一回戦負けだったからなあ。今年はもっと骨のある奴が捕まえられるといいんだけど。
特に「ブラックオオカブト」が現れたら燃えるんだけどな。
え? こーちゃん、「ブラックオオカブト」を知らない? この辺りの虫相撲大会じゃ、伝説なんだぜ。
こーちゃんにも教えてやるよ。
ブラックオオカブトが現れたのは、十年近く前のこと。
毎年行われている虫相撲大会に備えて、当時の子供たちも、公園でカブトムシを捕まえて、野良相撲を取らせていたらしいんだ。人間じゃないから効果が定かじゃないけど、稽古のつもりだったんだろうね。
そして、ある子どもが取り出したのが、ブラックオオカブトだった。
図体は80ミリ強と、なかなかの大きさ。そして、夏の暑さを存分に蓄えそうな、真っ黒なボディ。甲冑のような堅牢さを思わせる、重々しいにぶさが光っていたんだって。
そのルックスが「ブラックオオカブト」の由来。
ブラックオオカブトはとにかく強かった。
ポピュラーなひっくり返し。角をひっかけての投げ飛ばし。前肢による強烈な張り手。
そのどれもこれもが、一撃必殺の威力を持っていた。
鮮やかな土俵入りを飾ったブラックオオカブト。後日の虫相撲大会の予選も、破竹の勢いで制していき、本選への出場権を獲得する。
ブラックオオカブトを捕まえた少年に対し、友人たちが捕獲した時のことを聞いてみると、ある日の明け方に、クヌギの木の樹液を一人占めしているのを確認したんだって。
周りには、一回り小さいカブトムシたちがいた。
ほとんどがびびって仕掛けることはせず、数少ない蛮勇持ちは、角の一押しで吹き飛ばされたって話。
それを見て、ひとめぼれしたっていうのが経緯みたい。
そして、虫相撲大会の本選。
予選の時以上に、図体が大きくて荒っぽい技を繰り出してくる奴らが増えたけど、ブラックオオカブトはそれらの挑戦を、ことごとく退けた。
決勝戦の相手はヘラクレスオオカブト。
これまでの対戦相手に、大きなダメージを与えることもあった、荒くれもの。どのような勝負になるのか、子供たちは興奮しながら見守っていた。
最初に仕掛けたのは、ヘラクレス。ブラックのふところに飛び込み、名前通りの怪力でブラックをひっくり返そうとする。
ブラックの身体がわずかに持ち上がったけど、そこで止まった。ブラックはヘラクレスの攻撃を持ちこたえたんだ。
並みのカブトムシなら、持ち上げられた時点で決着がついていただろうに、ブラックも普通じゃなかった。
角を押し出したブラックは、ヘラクレスと激突する。角が何度も交差し、前肢の張り手がぶつかり合う。
一進一退の攻防が続いていているように見えたけど、少しずつヘラクレスが押され出したんだ。
ブラックオオカブトは攻守だけでなく、スタミナも半端じゃなかったんだ。やがて、今度は逆にブラックがヘラクレスを持ち上げる。
ヘラクレスが、先ほどのブラックのように持ちこたえようとするけど、体力がもうなかった。ヘラクレスの血がにじむほど、強く食い込んだブラックの角は、見事に奴をひっくり返した。
王者ブラックオオカブトの誕生だ。
その後のブラックオオカブトなんだけど、もういないんだ。
死んじゃったんじゃなくて、いなくなっちゃったんだよ。
その子もブラックオオカブトのために、つがいとなるメスのカブトムシを何匹か用意した。だけど、どのメスもブラックに受け入れられることはなかった。
むしろ、ブラックにボロボロにされて、その子がかわいそうなメスを取り出してやる、という流れ。戦い以外に関心がない、カブトムシ版のベルセルクのようだったらしいよ。
そして、その子とブラックの別れが訪れる。
夏休みも終わりに近づいた朝のこと。
連日のメスのケアもあって、その子は熟睡していた。
だけど、腕に感じた、注射器のような痛みにハッと目覚めたみたい。
腕を刺していたもの。それはブラックオオカブトの角だったんだ。
彼が慌てて振り払うと、ブラックは羽を広げて滞空する。その角は、先ほどまで刺していた彼の血に濡れている。
彼の机の上に置かれていた飼育箱。側面が大きく割れていたんだ。ちょうどブラックが飛び出すことができるくらいに。
やがて、聞きなれない電子音が部屋に響く。出所はブラックオオカブトだった。
それと同時に、ブラックの全身で何色もの斑点が激しく瞬く。その点滅は、データを受信している機械のランプを思わせた。
光り輝くブラックオオカブトは、部屋の網戸を突き破って彼方へと飛んで行ってしまい、それっきりとのことだよ。




