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赤ちゃんハイスクール (ファンタジー/★★)

 つぶらやのファーストメモリーって何よ?

 ああ、ここでのファーストメモリーっていうのは、人生での最初の記憶のことだ。

 珍しい人だと、お腹にいた頃の記憶があるんだと。前世の記憶まで持ち出されると、逆に嘘臭くなるけどな。

 

 ほほう、そんな思い出が。

 それはフィクションか? ノンフィクションか? どちらにせよ、面白かったからいいけどよ。

 俺か? 俺のファーストメモリーはなかなか興味深いと思うぜ。

 何せ、学校に通っていたんだからな。

 六歳ごろがファーストメモリーって、遅くないか?

 いやいや、もっとガキの時からだぜ。それこそ、哺乳瓶を口にくわえていた時のことだ。

 わけがわからないか? 今から、その話をしてやるよ。


 赤ちゃんにありがちなことの一つが、「夜泣き」だな。

 大人にとっちゃ、生活リズムをぶち壊される、悪夢そのものという意見すらある。我が子を手にかけちまう母親も、これが原因の一つだってのも聞いたことがあるぜ。

 俺自身もな、夜泣きがひどかったらしいんだわ。だけど、お袋が仕事をしていることもあって、どうしても睡眠時間を確保したい時には、声が届かない別室に俺を運んでいたらしいんだ。

 母親として、それはどうなのか。意見が分かれるところだと思う。

 金がなくては生きられない。愛情なくては生きていけない。世知辛いものだねえ。

 そして、俺のファーストメモリーはここからだ。


 その日も俺は夜泣きをしていたらしい。意識はあやふやだが、割れんばかりの泣き声を、自分で自分の耳に叩きこんでいたな。

 先の理由で、どんなに泣いてもお袋はやってこない。とはいえ、赤ん坊は泣くのが仕事と言われるくらいだ。わけもわからず、俺は泣きわめいた。

 一体どれくらいの時間が経っただろうか。

 ふと、俺は身体が軽くなる感覚に襲われた。

 水中にいる感じ、と言えば分かるか。自然と下から押し上げられるような感覚。

 やがて真っ暗なはずの視界が、昼間みたいに明るくなった。

 見慣れた部屋の中じゃない。四方を鉄板のような灰色の壁で覆われた、奇妙な空間に俺はいた。といっても、満足に立てずに這いつくばっていたんだが。


 周りには、俺と同じくらいの赤ん坊が数人いた。

 不思議とその場にいた誰も泣かなかったんだ。俺自身も泣くということを忘れてしまったみたいに、ぼんやりと辺りを見回していたよ。

 その空間には、何人もの大人たちがいた。

 俺たちはベタベタ身体を触られたり、ハイハイをさせられたりと、やられたい放題だった。

 だけど、不快じゃなかった。こうすることが自分のやるべきことだと、抵抗させない何かがあったんだ。


 加えて、俺たちは勉強もさせられた。

 学校のように机と椅子を用意されて……なんて光景は想像しちゃいけねえ。

 頭に装置を取り付けられたんだ。今、思い返してみると、違和感が全然ない、イヤホンみたいなものだったな。

 そしたらな、お袋の声で、頭に流れてくるのよ。


 何歳の時まで、おねしょをしていた。何歳の時に、初恋の人にフラれた。とかの個人の歴史。

 亡くなったおじいちゃんは若い頃に、このような仕事をしていた、という内緒話。

 そもそも、今の場所に引っ越してきたのは、過去にあった災害のため、という裏事情。


 それらがな、すんなりと脳みそに染みわたるんだわ。半紙に垂らした墨汁が、じんわりと広がっていくみたいに。

 頭から装置が外されるとな、また、まぶしい光がやってくる。

 気がついたら、俺の部屋に戻ってきている、という現象だ。

 この日以降も、俺の夜泣きを誰も止めない日は、この「学校」にお呼ばれされていたんだよ。


 さっきも言ったよな。前世の記憶っていうのは嘘臭いと。

 俺がそう思う理由はこれなんだ。

 当時、生まれていない子供が、当人たちしか知らない事情を知っている。

 すると、すぐに「あの人の生まれ変わり」と思い込んで、大なり小なり騒いでしまう。本当はこうやって、見知らぬ誰かに教わっただけなのかもしれないのに。

 俺は生まれ変わりだ、という目で見られるの、まっぴらごめんだね。

 なんで俺という個人を、故人で埋められなきゃいけないんだ。いい迷惑だっての。

 だがな、そうやって個を潰すことが、実はあの大人たちの目的だったのかもな。


 あの学校に最後に向かったのは、二歳ごろだったっけなあ。

 その頃になると、俺たちも歩き回れるようになってな。おぼつかないが、いくつかの文をしゃべることができるようになっていた。

 相変わらずの体力テストみたいな検査。明日使えそうな、裏話の数々。

 それらがひとしきり終わった後、大人の一人が言ったんだ。


「よし、調整終了だ。もう、おかしなことは起こるまい」


 俺たちに向かって、どこか満足げにつぶやいたんだ。

 それは安心したような、楽しみで仕方ないような、愉悦の色がにじんだものだったよ。

 今考えると、あの時に、俺は本来持っていた何かを無くしちまったのかもな。

 最後に、その大人は言ったよ。


「次に私たちがやってくるまでに、いい世界にしておいてくれよ」と。


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