表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/3145

見参 子鼠小僧 (歴史/★)

 お、こーらくんも、この怪盗シリーズ好きなの?

 嬉しいな。マイナー過ぎて、あんまりファンに会えなくってさ。時間もあるし、ゆっくり語らないかい?

 いいの? ありがとう!

 主人公の怪盗の活躍ってすごいよね。絶対に突破できないはずの警備を出し抜いて、予告した通りの品物を盗み出すんだもん。それも、誰一人傷つけずにさ。

 本来の持ち主のところに、宝が帰っていくクライマックスシーン。

 どの回もじーんときてさ。本当にいいよね、これ。

 現実世界でもさ、怪盗とか義賊とか呼ばれる、アウトローな人の伝説って、色々と尾ひれをつけて広がるよね。みんな、上の人がよっぽど嫌いなんだろうな。

 つぶらやくんは、話を聞くのが好きだったっけ。じゃあ、泥棒に関するこんな話を知ってるかい?


 日本で「盗賊」として有名な人は何人もいるけど、僕が好きなのは江戸時代の終わりの方で活躍した、「鼠小僧」かなあ。

 大名屋敷に潜り込んで、奥に隠してある金銀を盗み出し、貧しい人に分け与えていたという伝説がある盗賊だね。

 本当のところは、自分がギャンブルをするためのお金が欲しかっただけ、とか大名屋敷の奥は女しかいないから、見つかっても逃げやすいから、とかの理由が挙げられているみたいだけど。

 それでも、たくさん持っている人から、貧しい人がくすねるというストーリーが今も昔も受けているところを見ると、人間のツボって変わっていないのかもね。

 だから、真似をする人もたくさんいる。

 この話は、とあるお侍さんの証言と記録だって、おじいちゃんが言っていたよ。


 その日。江戸城からの使者をもてなす一員として、大名屋敷に呼ばれたお侍さんは、日が暮れてからも捕り物用の棒を手に、警備をしていた。

 大名屋敷は大名の権威を見せるためか、とてつもなく広くて、一人や二人で守り切れるようなものじゃない。だけど、お殿様がたくさん人手を用意することはなかった。

 参勤交代でお金をだいぶ使っているし、将軍のおひざもとたる江戸で人数を引き連れていたら、反乱を疑われても文句は言えないからね。

 そして、江戸には「鼠小僧」の模倣犯とでもいうべき、「子鼠小僧」の噂も広がっていた。

「子鼠小僧」は数も種類も多い。多少はお縄にかかっても、後から後から湧いてくる。

 それでも、武家の誇りにかけて、やすやすと突破されるわけにはいかない。


 草木も眠る、丑三つ時。ことは起こった。

 月が照らした光の中に、仁王立ちする影が一人。

 蔵としている矢倉の屋根に、その人影が立っていた。

 見せつけるように、屋根から飛び降り、一直線に奥屋敷へと向かっていく。

 すでに何名かが、後を追っているのを確認したお侍さんは、彼らに背を向ける。

 奥への道は一つではない。相手が他にもいるのなら、一緒になって後を追うのは、愚かなことだった。

 後続に対する蓋をする。お仲間を信頼しないと、なかなかできない策だよねえ。


 果たして、お侍さんの予想は当たった。

 今も追われているであろう、最初の「子鼠小僧」とは正反対の方角から、塀を乗り越えた人影が。手には護身用と思しき長い棒。

 距離は十歩。天狗を模したお面で顔を隠している。

 かなり図体が大きいけれど、怯んではいられない。

 捕縛用の棒を振り回し、お侍さんは「子鼠小僧」に打ちかかる。「子鼠小僧」も持っている棒で打ち合った。

 五合。十合。

 木と木の渇いた激突音が、眠りの空に響き合う。

 お侍さんは、舌を巻いた。

 棒の扱い、腰つき、足の運び。

 どれをとっても、精妙な使い手であることが分かる。素人が一朝一夕に、会得できるものではなかった。

 それでも一瞬の隙をついて、お侍さんの棒が子鼠小僧のお面を弾き飛ばしたんだ。

 あとは返す一撃で昏倒させるだけ。だけど、お侍さんはその一撃を打てなかった。


 なぜなら、お面の下から出てきたのは、昼間に丁重に出迎えたはずの、江戸城からの使者の一人だったのだから。

 戸惑った瞬間、があんと、頭が揺れた。「ああ、打たれた」とおぼろげに感じながら、お侍さんの意識は、一瞬で飛んで行ってしまった。


 翌日。

 目覚めたお侍さんは、他のみんなと一緒に殿の下に呼び出された。子鼠小僧に、大名屋敷のお金をごっそり持っていかれたのも、確認されている。

 叱責を受けるものと、全員、蒼い顔をしていたものの、殿様本人は笑っていたんだって。


「あれだけのお金を盗んだのだ。鼠もしばらく誰かを狙うまいよ。それで、他の被害がなくなるならば良いことだ」


 殿様としては、盗みにあったというよりも、施しをしてやった、というようなニュアンスだったみたい。

 だけど、そのお侍さん。子鼠小僧が、江戸城の使者と同一人物らしいとのことは黙っていたんだって。

 江戸での滞在期間が過ぎていく。お侍さんも例の使者を何度か目にしたけれど、あの夜のことを問いただしたりはしなかった。物的証拠がつかめなかった以上、詰め寄るわけにはいかなかった。


 そして、領地へと帰る時。

 行きにも通った、海を臨む関所に、新しい大砲が備え付けられていたらしいんだ。

 正直、傾いていた幕府の経済情勢で、大砲を作れる余裕があったことが、不思議に思えたんだってさ。


 この大砲が盛んに火を噴くのは、少しあと。

 かの異国船打ち払い令が出されてからの話なんだって。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ