見参 子鼠小僧 (歴史/★)
お、こーらくんも、この怪盗シリーズ好きなの?
嬉しいな。マイナー過ぎて、あんまりファンに会えなくってさ。時間もあるし、ゆっくり語らないかい?
いいの? ありがとう!
主人公の怪盗の活躍ってすごいよね。絶対に突破できないはずの警備を出し抜いて、予告した通りの品物を盗み出すんだもん。それも、誰一人傷つけずにさ。
本来の持ち主のところに、宝が帰っていくクライマックスシーン。
どの回もじーんときてさ。本当にいいよね、これ。
現実世界でもさ、怪盗とか義賊とか呼ばれる、アウトローな人の伝説って、色々と尾ひれをつけて広がるよね。みんな、上の人がよっぽど嫌いなんだろうな。
つぶらやくんは、話を聞くのが好きだったっけ。じゃあ、泥棒に関するこんな話を知ってるかい?
日本で「盗賊」として有名な人は何人もいるけど、僕が好きなのは江戸時代の終わりの方で活躍した、「鼠小僧」かなあ。
大名屋敷に潜り込んで、奥に隠してある金銀を盗み出し、貧しい人に分け与えていたという伝説がある盗賊だね。
本当のところは、自分がギャンブルをするためのお金が欲しかっただけ、とか大名屋敷の奥は女しかいないから、見つかっても逃げやすいから、とかの理由が挙げられているみたいだけど。
それでも、たくさん持っている人から、貧しい人がくすねるというストーリーが今も昔も受けているところを見ると、人間のツボって変わっていないのかもね。
だから、真似をする人もたくさんいる。
この話は、とあるお侍さんの証言と記録だって、おじいちゃんが言っていたよ。
その日。江戸城からの使者をもてなす一員として、大名屋敷に呼ばれたお侍さんは、日が暮れてからも捕り物用の棒を手に、警備をしていた。
大名屋敷は大名の権威を見せるためか、とてつもなく広くて、一人や二人で守り切れるようなものじゃない。だけど、お殿様がたくさん人手を用意することはなかった。
参勤交代でお金をだいぶ使っているし、将軍のおひざもとたる江戸で人数を引き連れていたら、反乱を疑われても文句は言えないからね。
そして、江戸には「鼠小僧」の模倣犯とでもいうべき、「子鼠小僧」の噂も広がっていた。
「子鼠小僧」は数も種類も多い。多少はお縄にかかっても、後から後から湧いてくる。
それでも、武家の誇りにかけて、やすやすと突破されるわけにはいかない。
草木も眠る、丑三つ時。ことは起こった。
月が照らした光の中に、仁王立ちする影が一人。
蔵としている矢倉の屋根に、その人影が立っていた。
見せつけるように、屋根から飛び降り、一直線に奥屋敷へと向かっていく。
すでに何名かが、後を追っているのを確認したお侍さんは、彼らに背を向ける。
奥への道は一つではない。相手が他にもいるのなら、一緒になって後を追うのは、愚かなことだった。
後続に対する蓋をする。お仲間を信頼しないと、なかなかできない策だよねえ。
果たして、お侍さんの予想は当たった。
今も追われているであろう、最初の「子鼠小僧」とは正反対の方角から、塀を乗り越えた人影が。手には護身用と思しき長い棒。
距離は十歩。天狗を模したお面で顔を隠している。
かなり図体が大きいけれど、怯んではいられない。
捕縛用の棒を振り回し、お侍さんは「子鼠小僧」に打ちかかる。「子鼠小僧」も持っている棒で打ち合った。
五合。十合。
木と木の渇いた激突音が、眠りの空に響き合う。
お侍さんは、舌を巻いた。
棒の扱い、腰つき、足の運び。
どれをとっても、精妙な使い手であることが分かる。素人が一朝一夕に、会得できるものではなかった。
それでも一瞬の隙をついて、お侍さんの棒が子鼠小僧のお面を弾き飛ばしたんだ。
あとは返す一撃で昏倒させるだけ。だけど、お侍さんはその一撃を打てなかった。
なぜなら、お面の下から出てきたのは、昼間に丁重に出迎えたはずの、江戸城からの使者の一人だったのだから。
戸惑った瞬間、があんと、頭が揺れた。「ああ、打たれた」とおぼろげに感じながら、お侍さんの意識は、一瞬で飛んで行ってしまった。
翌日。
目覚めたお侍さんは、他のみんなと一緒に殿の下に呼び出された。子鼠小僧に、大名屋敷のお金をごっそり持っていかれたのも、確認されている。
叱責を受けるものと、全員、蒼い顔をしていたものの、殿様本人は笑っていたんだって。
「あれだけのお金を盗んだのだ。鼠もしばらく誰かを狙うまいよ。それで、他の被害がなくなるならば良いことだ」
殿様としては、盗みにあったというよりも、施しをしてやった、というようなニュアンスだったみたい。
だけど、そのお侍さん。子鼠小僧が、江戸城の使者と同一人物らしいとのことは黙っていたんだって。
江戸での滞在期間が過ぎていく。お侍さんも例の使者を何度か目にしたけれど、あの夜のことを問いただしたりはしなかった。物的証拠がつかめなかった以上、詰め寄るわけにはいかなかった。
そして、領地へと帰る時。
行きにも通った、海を臨む関所に、新しい大砲が備え付けられていたらしいんだ。
正直、傾いていた幕府の経済情勢で、大砲を作れる余裕があったことが、不思議に思えたんだってさ。
この大砲が盛んに火を噴くのは、少しあと。
かの異国船打ち払い令が出されてからの話なんだって。




