クマが畑を打つ時に (ファンタジー/★★)
こーくん、おかえり。
こんな田舎まで来てくれて、その上、あちらこちらをまわるなんて、結構疲れたんじゃない? ゆっくり休んでね。
電車やバスも使ったの?
自転車だとこの辺りのアップダウンが厳しいからね。電動機付きでないと辛いでしょう。ごめんね、壊れちゃってて。
バスに乗っている時に、丘の上に置かれている大きな石を見かけた? それってしめ縄が巻かれていたんじゃない?
ああ、「どっしり岩」のことね。あそこにどっしりと腰を下ろして欲しいという願いから、名前がついたのよ。
興味がある? こーくんならそういうと思ったわ。
でもね、あの辺って一般人の立ち入りが禁止されているの。岩の場所に向かっても、こーくんが満足できる成果は得られないと思う。
代わりに今から「どっしり岩」のいわくを話すから、それで勘弁してね。
近代に入り、猟銃の性能が高まっていたころの話。趣味から生業まで、様々な目的を持って、多くの人が山野へと分け入ったわ。
しかし、猟のみで生活していた者は、本当に一握りの人たち。猟期ではない夏の期間は、何かしら別の仕事をしている人がほとんど。
その代わり、冬になればハンターたちはこぞって山の中へと入った。
特に換金効率の高いクマは絶好の獲物と言えたわ。他の生物が軒並み数を減らしたり、保護動物に指定されたりしたことも、原因の一つなのだけどね。
そして猟銃の高性能化は単独猟を容易とし、冬ごもり中のクマを狩る者の増加につながった。その分、悲劇に見舞われることも、少なくなかったけれど。
あの「どっしり岩」が置かれる前。
とある一家がそこに住んでいたわ。冬は猟、それ以外のシーズンでは農業や他の仕事をしながら生計を立てていたんだって。
でもね、家の畑に関して、妙な出来事が起こったらしいの。
春先。畑の一部分に大きな穴が開くのよ。家族は畑の隅に、生ごみを捨てるための穴を開けていたけど、それとは別。
お風呂でも作るのかという、広さ。
蘇った死者も這い上がれぬような、深さ。
一家の一年の栽培生活は、この穴を埋めることから始まる。予め植えておいた野菜たちも、この穴が掘られたら、容赦なく荒らされてしまっていた。
もちろん原因は探られたわ。
それはクマ。
畑に積もった雪が、徐々に姿を消す頃、夜明け前にどこからともなく、ヒグマのように大きいクマらしきものがやってくるの。
なぜ「らしきもの」なのか、というと全身の毛が黄金に輝いていたからだそうよ。見た目にはクマだったようだから、クマ扱いさせてもらうわ。
そのクマが例の穴を掘り、去っていく。毎年、それが繰り返されていたらしいの。
確かに冬の空腹を満たすために、クマが地面を掘り返し、食料を得るのはおかしいことじゃないけど、普通ではない。
一家は考えたわ。一年のこの時期にしか起こらない出来事。
受け入れるか。
別の場所へ移るか。
それとも、あのクマを駆除してしまうか。
話し合った結果、受け入れ案を採ること決まったみたい。
コスト、リスク、どちらも低い。自分たちが我慢し、余計に動けばよいだけ。いわば税金のようなもの。
でもね、税金って本当に有効かわからない者にとって、反発の種となるわ。
事情を知る者が去った、次の世代。変わらずに一家は、その地で生活していた。
ただ、前の世代と変わったこと。それは冬場の猟で一家にクマによる被害者が出てしまったということよ。
そして、一家のうちの一人の男性が、猟とは関係なくクマに殺意を抱くようになった。その矛先は、噂に聞く黄金のクマにも向けられたのよ。
畑は家から見える位置にある。彼は黄金のクマが現れる時期が近づくと、毎日、夜を徹して待っていたそうよ。
春の訪れを感じさせる、生暖かい風が吹く日。
黄金のクマが畑に姿を現したわ。雪の混じる湿った泥をかき分けて、あの穴を作っていく。
彼は猟銃を片手に、慎重にクマへと近づいていった。その間、クマは何度も飛び跳ねて、地面を踏み固めていたそうよ。
その挙動に疑問を持ちつつも、彼は銃を構えた。
クマの動きが止まった瞬間に発砲。命中したらしく、黄金のクマの体は前にのめっていったわ。
けれど、彼が黄金のクマのいたところにたどり着いた時、確かに仕留めたクマの姿はどこにもなかったそうよ。まるで、倒れた状態で、そのまま地面に溶け込んでしまったかのように。
その年から、一家の歯車が狂っていったわ。
畑の作物の出来が、目に見えて悪くなった。
周辺の木々は春や夏を迎えても枯れたまま。
生き物の数が減り、一家の中でも体調不良に苦しむ者が出てきたらしいわ。
それらは一年、二年と時間を重ねるたびに、どんどん悪くなっていく。一家は別の場所へと移り住んだけれど、事態が解決したわけではない。
ガン細胞が健康な細胞をどんどん侵略するように、荒廃の領域は確実に広がっていたわ。
例年と違うことは、あの黄金のクマが穴を掘らなかったという一点。
事情を聞きつけた者たちによって、人が集められ、あのクマが行っていたことを再現しようとしたわ。
かの畑があった地面に、話で聞いた広くて深い穴を掘り、全員が自分の体重を持って大地を踏み固める。
すると、どうしたことか。数日たつ頃には、辺りの木々が緑を取り戻し始めたわ。
普通ならばあり得ない現象。しかし、ここの地中に何かしらの「ツボ」があることを多くの人が実感したわ。
本来なら祭りなどを催して、行事として定着させるべき。
されど、当時の日本は、戦争への道をたどっていた軍事国家。最悪、この儀式を行える者がいなくなってしまうかも知れない。
そこで用意されたのが、「どっしり岩」。
あそこが大地の「ツボ」であるなら、黄金のクマのしていたことは「指圧」。
ならば、「ツボ」を常に刺激することでカバーしようとしたのね。
結果として、荒廃の症状は治まり、「どっしり岩」は神格化されて今に至るわ。
だけど、この処置は、定期的な「指圧」ではなく、不自然な「圧迫」。
必ずせき止められて、溜まっているものがあるはずなの。
地元の人たちには、不安があるわ。
「どっしり岩」が「どっしり」しなくなった時、何が起こるのだろう、という不安がね。