表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/3146

声のありか (ホラー/★★★)

 ふう、オールでカラオケも楽じゃないわね。

 つぶらやくん、お疲れ。大丈夫? 途中からタンバリン係みたいになっていたけど。

 つぶらやくんのチョイスって、ちょっと個性的だから、受ける時とそうでない時の差が激しいわよね。

 今回はみんな流行りの歌を歌いたがるもんだから、辛い空間だったかも。

 

 そういうお前は、あんまり歌わなかったじゃないか?

 ん、まあね。歌自体は好きなんだけど、カラオケで歌うのは好きじゃないわ。

 ああ、雰囲気とかが嫌いなわけじゃないの。

 ただ、昔、先輩から聞いたことが原因でね。ついつい敬遠しがちになるのよ。だからフォローに回らせてもらったわ。

 どんなことを聞いたかって?

 興味があるなら話すけど、あまり気持ちがよいとは思えなかったわよ。それでもいいの?

 別に構わないって、物好きねえ、つぶらやくんは。


 さっきのカラオケみたいに、歌う人が一人占めにするものは何でしょう。

 場の雰囲気? 聴いている人の心?

 ロマンのある解答をありがとう。ごめんね、聞き方が下手で。

 物理的にはどうかしら、という質問よ。

 そう、マイクね。正式名称、マイクロフォン。

 私たちには、音や声を大きくして、みんなに聞こえるようにするものと認識されているわよね。

 それってつまり、私たちの声の最大の広い手って、聴衆じゃなくてマイクということになるんじゃない?

 しかも、どのような相手だろうと好き嫌いをしない。ただ聴いてくれる誰かのために、自分の仕事を果たす。どんなにラフな扱い方をされたとしても。

 決まりきった仕事だからこそ、機械にやらせれば効率的に運用ができるわね。

 それが効率的と言えるには、常に安定した成果が出ればの話なんだけど。


 私の先輩は、小学校の間ずっと放送委員になっていたみたいよ。毎回立候補したみたい。

 先輩はこれを自己アピールの場と認識していたらしいわ。

 没個性の中に埋まっていくなんて耐えられない。たとえ大勢の生徒がいる中でも、自分はここにいるんだぞって、声高に言いたい気持ちでいっぱいだったみたいね。

 放送委員になれば、放送を流す時は自分が主役。チャイムを鳴らせば、それだけで注目してくれる人もいる。

 好きな曲を流せば、その音色で、学校中の鼓膜が震える。

 自分の世界を作り出せる、放送の時間。何よりも楽しかったと言っていたわ。


 先輩が六年生の時のこと。

 いよいよ、お勤めのラストの年ということで、先輩は相当気合が入っていたらしいわ。

 その日も、掃除の時間の始まりを告げるため、放送室でマイクのスイッチを入れたんだって。それと同時に。

 盛大なお腹の虫が、スピーカーから流れ出たそうよ。

 あっと言う間に、校内は笑いの渦に包まれたわ。その後の先輩の放送など耳に入らないくらい。

 おかげで放送室から出てきてからは、みんなに「ミス・腹の虫」呼ばわりされてしまったみたいね。

 先輩は顔を真っ赤にしたけど、恥ずかしいからじゃない。

 あの時、確かに自分の腹の虫は鳴いていなかった。

 だとすると、これは巧妙なイタズラ。何より自分が作る「世界」を邪魔されたのだから、先輩が怒るのも無理ないわよね。


 それからも、たびたび嫌がらせは続いたわ。

 先輩が放送のスイッチを入れると、流れるのよ。

 腹の虫に限らず、おならやげっぷのような下品な音。

 先輩そっくりの声での、おちゃらけたあいさつ。

 出オチ女王の称号を賜ってしまった先輩は、躍起になって放送室を何度も調べたけれど、細工の形跡は見当たらなかったみたい。

 これ以上探るには物を分解するしかないけど、学校の備品相手に、そんなことは許されない。

 先輩の憤りのボルテージ上昇は、留まることを知らなかったわ。


 そして、任期の終わりが近づく、冬の日のこと。

 下校をうながす放送を終えた先輩。その日も大きなげっぷの音にすべてを持っていかれてしまって、不完全燃焼だった。

 放送のスイッチを切った先輩は思わず叫んだわ!


「私をからかい続けている奴! ずっと見てたんでしょう! 出てきなさい!」


 それはほとんど衝動的なものだった。

 この放送室にいるのは自分だけ。今までのどのケースでも、放送室の中にも外にも人はいなかったのだから。これは発散のための、八つ当たりに過ぎない。

 ところが、先輩の声に応じる声があったのよ。


「あらそう。なら出てくるわ」


 それは先輩そっくりの声。しかも間近から聞こえてくる。

 辺りを見回した先輩は、やがて気づいたわ。

 放送の時にスイッチを入れる、マイク。その網目状の隙間から、茶色い液体が漏れ出てきたの。

 粘っこくて、てかてかして、泡立ちながらあふれてくるその物体を目にして、先輩は悲鳴をあげて、飛びずさったわ。

 放送室の床の上にできた茶色い水たまりは、身体全体を震わせながら、先輩の声でつぶやいたそうよ。


「ここの言葉、覚えた。覚えた。すっかり覚えた」


 そして、あたかも氷の上であるかのように、猛烈な勢いで床を滑った液体は、放送室のドアの隙間からどんどん外に流れ出て、消えてしまったそうよ。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ