声のありか (ホラー/★★★)
ふう、オールでカラオケも楽じゃないわね。
つぶらやくん、お疲れ。大丈夫? 途中からタンバリン係みたいになっていたけど。
つぶらやくんのチョイスって、ちょっと個性的だから、受ける時とそうでない時の差が激しいわよね。
今回はみんな流行りの歌を歌いたがるもんだから、辛い空間だったかも。
そういうお前は、あんまり歌わなかったじゃないか?
ん、まあね。歌自体は好きなんだけど、カラオケで歌うのは好きじゃないわ。
ああ、雰囲気とかが嫌いなわけじゃないの。
ただ、昔、先輩から聞いたことが原因でね。ついつい敬遠しがちになるのよ。だからフォローに回らせてもらったわ。
どんなことを聞いたかって?
興味があるなら話すけど、あまり気持ちがよいとは思えなかったわよ。それでもいいの?
別に構わないって、物好きねえ、つぶらやくんは。
さっきのカラオケみたいに、歌う人が一人占めにするものは何でしょう。
場の雰囲気? 聴いている人の心?
ロマンのある解答をありがとう。ごめんね、聞き方が下手で。
物理的にはどうかしら、という質問よ。
そう、マイクね。正式名称、マイクロフォン。
私たちには、音や声を大きくして、みんなに聞こえるようにするものと認識されているわよね。
それってつまり、私たちの声の最大の広い手って、聴衆じゃなくてマイクということになるんじゃない?
しかも、どのような相手だろうと好き嫌いをしない。ただ聴いてくれる誰かのために、自分の仕事を果たす。どんなにラフな扱い方をされたとしても。
決まりきった仕事だからこそ、機械にやらせれば効率的に運用ができるわね。
それが効率的と言えるには、常に安定した成果が出ればの話なんだけど。
私の先輩は、小学校の間ずっと放送委員になっていたみたいよ。毎回立候補したみたい。
先輩はこれを自己アピールの場と認識していたらしいわ。
没個性の中に埋まっていくなんて耐えられない。たとえ大勢の生徒がいる中でも、自分はここにいるんだぞって、声高に言いたい気持ちでいっぱいだったみたいね。
放送委員になれば、放送を流す時は自分が主役。チャイムを鳴らせば、それだけで注目してくれる人もいる。
好きな曲を流せば、その音色で、学校中の鼓膜が震える。
自分の世界を作り出せる、放送の時間。何よりも楽しかったと言っていたわ。
先輩が六年生の時のこと。
いよいよ、お勤めのラストの年ということで、先輩は相当気合が入っていたらしいわ。
その日も、掃除の時間の始まりを告げるため、放送室でマイクのスイッチを入れたんだって。それと同時に。
盛大なお腹の虫が、スピーカーから流れ出たそうよ。
あっと言う間に、校内は笑いの渦に包まれたわ。その後の先輩の放送など耳に入らないくらい。
おかげで放送室から出てきてからは、みんなに「ミス・腹の虫」呼ばわりされてしまったみたいね。
先輩は顔を真っ赤にしたけど、恥ずかしいからじゃない。
あの時、確かに自分の腹の虫は鳴いていなかった。
だとすると、これは巧妙なイタズラ。何より自分が作る「世界」を邪魔されたのだから、先輩が怒るのも無理ないわよね。
それからも、たびたび嫌がらせは続いたわ。
先輩が放送のスイッチを入れると、流れるのよ。
腹の虫に限らず、おならやげっぷのような下品な音。
先輩そっくりの声での、おちゃらけたあいさつ。
出オチ女王の称号を賜ってしまった先輩は、躍起になって放送室を何度も調べたけれど、細工の形跡は見当たらなかったみたい。
これ以上探るには物を分解するしかないけど、学校の備品相手に、そんなことは許されない。
先輩の憤りのボルテージ上昇は、留まることを知らなかったわ。
そして、任期の終わりが近づく、冬の日のこと。
下校をうながす放送を終えた先輩。その日も大きなげっぷの音にすべてを持っていかれてしまって、不完全燃焼だった。
放送のスイッチを切った先輩は思わず叫んだわ!
「私をからかい続けている奴! ずっと見てたんでしょう! 出てきなさい!」
それはほとんど衝動的なものだった。
この放送室にいるのは自分だけ。今までのどのケースでも、放送室の中にも外にも人はいなかったのだから。これは発散のための、八つ当たりに過ぎない。
ところが、先輩の声に応じる声があったのよ。
「あらそう。なら出てくるわ」
それは先輩そっくりの声。しかも間近から聞こえてくる。
辺りを見回した先輩は、やがて気づいたわ。
放送の時にスイッチを入れる、マイク。その網目状の隙間から、茶色い液体が漏れ出てきたの。
粘っこくて、てかてかして、泡立ちながらあふれてくるその物体を目にして、先輩は悲鳴をあげて、飛びずさったわ。
放送室の床の上にできた茶色い水たまりは、身体全体を震わせながら、先輩の声でつぶやいたそうよ。
「ここの言葉、覚えた。覚えた。すっかり覚えた」
そして、あたかも氷の上であるかのように、猛烈な勢いで床を滑った液体は、放送室のドアの隙間からどんどん外に流れ出て、消えてしまったそうよ。




