恋ゆえに (恋愛/★)
うへえ、これはやっちまったぜ。
二股も三股もかけるからだ、主人公! 今こそ、その報いを受けやがれエ!
あれ。主人公そっちのけで、女の戦い?
しかも、君は非戦闘要員じゃなかったのか! なぜ武闘派と互角に渡り合える? 君が世界を救いたまえ!
おいおい主人公、逃げる気か? 釣った魚に粉をかけて、喧嘩を始めりゃ、別の魚か?
お前のような釣り人には、サメの生け簀で踊り食いが、お似合いだぜ!
いやあ、楽しかったな、つぶらや。
アニメの修羅場回って、色々な意味でもえないか?
意中の相手のボディは一人分しかいない。いわば限られた資源だ。
それを独占しようとする奴ら同士の、情熱のぶつかりあい。健全だろうとドロドロだろうと、俺は大歓迎だぜ。
病まれるくらいに愛される。これに魅力を感じるのは、俺のコンプレックスのせいかねえ。
親も弟もクラスメイトも、ろくに俺と関わってくれなかったからなあ。病的な溺愛という奴に憧れているのかもしれん。
ふっ、アニメでテンション上がっちまったな。ちょっと柄にもなく、恋愛にまつわる話をしちゃうぜ。
昔から恋愛という奴に、人々は憧れるな。
まあ、俺が詳しく話す必要はないだろう。物を書いている、つぶらやたちにとっては、もはや飽き飽きしてくる題材だろ?
さっきも言ったように、俺は溺愛というものに飢えている。修羅場に惹かれるのも、「俺のために、一生懸命になってくれる女性」の存在を求めているからかも知れないな。
だが、過程を楽しんでも、結果が出ないでほしいと思うのは、一種の男のずるさかねえ。
決着は、すなわち、将来の限定と背負うものの覚悟が成り立つことを意味する。
包まれる愛情は享受したいが、自分を一つのカタチに留めたくない。そのくせ、自分の気に入ったものは、独り占めして、そばに置いておきたくなる。
オスの遺伝子に刻み込まれた本能という奴かねえ。
だからこそ、男の一途さというのは、人の胸に届くのかもな。
これは、女のために過ちを犯した、一人の少年の言い伝えだ。
もう何十年も前のことだ。
猟師の息子であった少年は、早くに親と死に別れ、狩りをしながらその日を暮らしていた。
彼が彼女に出会ったのは、潰れかけた一軒の家の前でのこと。
薪を補充するため、山に木を伐りに入った時、偶然見つけた家だった。
彼女は美しかった。少年が今まで会った、どの女性よりもきれいで、話していてあったかい気持ちになる子だった。
少年に対して、彼女はいろいろなことを話してくれた。
山の向こうにある、人でにぎわう町での流行。そのまた向こうには、大きな水たまりとも言える海が広がっていること。
少年は海の存在を知らず、数々の質問を彼女にぶつけ、彼女もまた嫌がる顔を見せずに答えてくれる。
少年は、瞬く間に彼女に惹かれていった。
彼にとって、彼女の話は胸が躍るとともに、彼女の声を聴いていると、どこか心が安らいでくるのだった。
幼いころに失ってしまった、包み込むような温かさを、感じることが出来たからかも知れない。
一年で彼女と会える機会は多くはなかったが、少年は構わなかった。
長い時間をかけて、少年と少女はゆっくりお互いの思いを重ねていく。
それは傍から見ると、時折、親子に。時折、恋人にも思える、奇妙な親密さだったらしい。
少年は少女に恋い焦がれていたが、強引に迫ろうとはしなかった。
今のままの関係をずっと保ちたくて、それを壊す行動を取りたくなかったんだろうな。
だが、彼女は日に日に顔を曇らせていく。少年も少しずつ不安になってきて、ある日、彼女に理由を尋ねたのだそうだ。
実は彼女は、少年と会うずっと前から、言い寄られている相手がいた。
彼女が親を失った時から、恩着せがましく世話を焼いてくるらしい。彼女が少年に会う機会が限られているのも、そのためだった。
そして、いよいよしびれをきらし、無理矢理にでも自分をさらっていこうとしているのだという。
少年の胸は一気に熱くなった。
彼には難しいことはわからない。だが、彼女が自分以外の誰かのものになろうとしていること。それが自分にとって、耐えがたいものであることは確かだった。
逃げることを提案してみたが、それは彼女がすでに通った道だという。どこにいっても相手はしつこく追い回し、居所を突き止めてくるのだという。
彼女が拘束から解き放たれるには、相手がいなくなるより他にない。
彼は若く、また猟で使う銃も持っていた。排除する手段があるなら、取らないという選択肢は、思い浮かばなかった。
彼は彼女に、相手がやってくる日時を聞く。
彼女自身は何度も、無茶なことはしないでほしい、と言ったが、彼の情熱に押し切られてしまい、ついに約束の日を漏らす羽目になってしまったとのことだ。
そして、約束の日。
少年は彼女の家の近くの藪に潜んでいた。
相当近寄らなければ気づけないほど、草たちに溶け込んでいる。父から教わった隠れ方の極意だ。
加えて、彼女の家は潰れかけていて、穴だらけ。
少年は目がいい。距離があっても、十分に獲物の判別がつく。
そして、彼女が家の中に姿を現し、その後ろから男が現れた。
裃をつけた、立派な姿。ひとめで身分の高い男と分かる。
構うものか、と少年は思った。背格好よりも、どのような行動に出るかの方が、はるかに重要だったのだから。
二、三、言葉を交わした後、男は少女を抱き寄せようとした。彼女は身をよじって逃げようとする。
彼は銃を構えた。暴れる獲物の相手は慣れている。
万一にも、彼女に当てるわけにはいかない。動きを読み、機を図る。
銃声。
少年の弾は、彼の頭部に吸い込まれていった。その身体が前のめりに倒れる。
これで彼女は救われたはず。少年の心の中は、独りよがりの正義感を満たしたことで、熱く煮えたぎっていた。
だが、状況を確かめようと、家の中に踏み入った少年は驚いた。
男の代わりに、大きな狐が頭から血を流している。そして、彼女の姿はどこにもない。
あばら家のすき間から入り込む冷たい風が、責めるように少年の身を突き刺して、通り過ぎていくばかり。
あっけに取られて外に出ると、晴れているにも関わらず、空から雨が降ってきた。
「狐の嫁入り」。
彼女にとっての自分の存在価値を悟り、少年は冷たい涙を流したそうだ。
少年が少女と再会することはなかった。
しかし、ほどなく少年は旅支度を整えて、彼女の話で聞いた、海に向かうことにしたらしい。
自分が彼女と触れ合ったことを、確かな思い出とするために。




