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空気針

 空気。

 われわれの身近にあるもので、限りのない印象を受けるものの一つだと思う。

 これがなくては、われわれの多くが生きていくことができない大切なもの。けれども普段はちっとも気にすることなく暮らすことができている。異常があらわれてから、はじめて注意深く見られるものなんじゃないかと思う。

 あるいは、その使い方が普段ではなかなか見られないものだったりしたら、かな。インパクトがある光景が見られると、やはり注目せざるを得ないものだ。君はどれだけ、そのような現象を見たことがあるだろう。

 僕も以前に、ちょっと妙な空気の使い方を目にしたことがあるのだけど、聞いてみないかい?


 ある朝、雀がベランダに倒れているのを見た。

 ぴくりとも動かない。僕が存在を見つけるまでも、見つけて触れてからもだ。

 専門家ではないけど、死因の見当は簡単についた。のどのあたりをきれいにえぐり抜いた傷が残っている。背のほうまで突き抜けて、向こうの景色までのぞく穴だ。これを受けてはほとんどの生き物が命を保つのは難しいだろう。

 いかなる手を使ったのか、が僕には気になっていた。そのくりぬいた痕があまりにきれいすぎたからだ。

 枝とか筒とかで刺し貫いたにしても、小鳥は痛みにあえいで、抜くまでに暴れることもするだろう。傷痕はこのようにきれいな円を描くことなく乱れそうなもの。

 猟銃のたぐいを使うには、鳥の身体がいささか小さすぎる。直撃するだけで、バラバラに吹き飛んでしまいそうだ。それがこれは細い針でもって貫いたかのように繊細過ぎる。


 細くて鋭く、それでいて小鳥を暴れさせずに仕留めるもの。

 僕はシンプルに恐ろしかった。それがいつ、自分やまわりに向けられるか分かったものじゃないからだ。小鳥よりはるかに大きい人間にしたって、当たりどころが悪かったら死に至るかもしれない。

 こいつの正体を早いところつかめるといいのだけど……と思っていた矢先。その出どころに出くわしてしまったんだ。

 意外にも、それは学校のクラスメートのひとりだった。学校へ行ってみると、彼がその技をちょうどみんなに披露しているところだったんだよ。


 ここまで話せば察していると思う。彼の扱う得物は空気だったのさ。

 吹き矢のように、口へ丸くした拳をあてがう。口から向こうまで抜ける空洞のようにして、ふっと息を吹くと直線上にあるものへ衝撃を与えるんだ。

 みんなの前で見せられたのは、数メートル先の机の上へ壁になるようなかっこうで固定された自由帳の一枚が、彼のその手による吹き矢で穴が空く瞬間だったんだ。

 僕もちょうど居合わせていたから、その穴の形も大きさも、小鳥に空いていたそれにそっくりだと思えたんだよ。

 のちほど、彼に尋ねてみると「確かに、狙ったかもしれない」とあっさりと口にした。


 練習だという。

 もうじき、ここへ病魔をばらまく小さい虫がやってくる。それを秘密裏に仕留めるのに、この技が必要だというんだ。


「うちの家に伝わる秘密の技術。もんがいふしゅつ? てやつかな。いよいよ僕もそれを会得したんで、手伝うようにといわれて技を磨いているんだ。

 練習台になった子たちには申し訳ないけれど、これも仕事のためだ。そこで返すよ」


 そうして数ヵ月後。

 夏休み目前を迎えた、熱気がむんむんと垂れこめる休み時間の教室において。

 僕を含めた幾人かが、か細い羽音を耳にした。毎年、よく聞きなれている蚊が発するそれだ。

 どこだろう、と僕は目をめぐらせる。サーチ・アンド・デストロイは、すでに子供たちの中でも常識であったし、反対する者はそうそういない。

 虫が苦手な一部の女子が騒ぎ出すとうるさいし、早めに仕留めないと……と、すぐ間近に蚊が飛んでいるのを見て、パチンと手を合わせた。

 とらえた、と思ってそうっと手を開けてみると、そこから蚊が飛び去っている。それでも足の一本といくらかの体液は手にしみついていた。


 ――しぶといやつ。


 と、今度こそとどめを刺そうとしたところで。


「みんな、ちょっとしばらく動かないで」


 例のクラスメートの声で、すでに彼は「吹き矢」体勢に入っていた。


 そこからは彼のいっていた「仕事ぶり」を目の当たりにすることになる。

 彼はその手の吹き矢を教室のあちらこちらへ向けて、発射していく。

 ここでの矢は空気だ。視認することかなわず、標的が落ちていくことでその存在を確かめていく。

 ぽとり、ぽとりと落ちていくのは、その蚊の残骸だ。小鳥よりはるかに小さいその身体は残っている部分のほうが少ないほど。

 しかし奇妙なのは、そこからにじむ体液は最初こそ黒ずんでいたものの、空気に触れているうちに、どんどんと紫色の毒々しさをたたえたものに変じていく。

 僕の手にこびりついたものも同様だ。それどころか、触れていたところ近辺の肌が赤く染まり、皮さえも剥け始めていたんだよ。


 すぐに水で洗い流すよう彼にいわれ、その通りにしたけれど、この皮むけはしばらく止むことはなかった。

 手のひらの中央から放射状に広がり、ついには手の甲側にもまわりこんで、僕の手首より先をすっかり新しい皮が張り直してしまうまで、止まらなかったんだ。

 それでも表面で仕留めることができた僕は、まだ幸運なほうで。あれに刺されてしまうと身体の内側が同じような目に遭うという。そこには筋肉、血管、臓器などの大切なものが詰まっているゆえ、奇病と診断されてもおかしくない症状が見られることしばしばだとか。

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