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刃研ぎのとき

 こーちゃんは、ものの手入れに気をつかう人かな?

 手入れ。こいつは生涯において、どれほど凝るかでその人の方向性が変わっていくものだと思う。

 道具を大切に思う人なら力を入れるだろうし、ほかの自分の時間が大事な人ならば、あまり時間をかけはしない。あるいは資産的な問題などでひとつのものを長く使い続けないといけないか、すぐに取り替えがきくものか……そのあたりによっても変わってくるかもね。

 あるいは、自分で手を入れないと直接生死にかかわってくるパターンとか。

 一概にどちらが良くて、悪いかとは断じづらい。義とか思いやりとかを大事にするなら前者の考えを浸透させたいが、人としてのクオリティこそが道具より大事となれば後者がまかり通るだろう。

 こいつはなにも、人が扱うものばかりとは限らない。より多くのものが手入れを求めて動いている。それを果たして認め、受け入れることができるだろうか?

 最近、友達から聞いた昔話なのだけど、耳に入れてみないかい?


 むかしむかし。

 それは日本が外国よりの圧力に恐怖し、軍備を整える意識が強まっていた時期だという。

 もののふたちは、まるで息をするように人を殺しては、その軒先に首をかかげていたと伝わる。

 現代ならば野蛮で理解に苦しむ行為だが、それだけ死が身近にあり、備えておかねばならないという心構えのあらわれだという。

 戦も殺めることも怖いなどと、武門の家にとっては取り返しのつかない負け犬に他ならない。いざ敵があらわれ、斬る必要に迫られたときに、一片のためらいもなく討ち取ることができる……その気構えを生まれたときより身に着け、慣れさせるためにこれほど非情なことを行っていたのだそうだ。

 ゆえに、その日の昼の道端に僧のものと思しき遺体が転がっていても、最初はみな、もののふの仕業であろうと思っていたらしい。


 僧の首はなかったが、その根元からの出血は不自然なほどに少なく、おそらくは亡くなってからしばらく経ってから切り取られたものと考えられた。

 しかし、身体のほうも相当な傷つきようだった。ほぼ胸から腰にかけ、背中を絶つ一歩手前まで深々と刻まれた袈裟懸けの太刀筋をはじめ、全身に刃物でつけたとおぼしき大小の傷が見受けられたんだ。

 討つ、という行為をあきらかに越えためった切り。さすがのもののふたちも、これは恨みあるものの手による殺害と感じてしまったらしい。

 されども、これは皮切りにすぎなかった。

 同じような傷を負った「仏」たちが、毎日のように姿を見せるようになったためだ。人の往来する大路、おのおのの村のはずれ、人がさほど足を踏み入れない山中などでも、その惨状は共通していた。

 同一人物、あるいは同じ趣向を持つ集団による凶行と目され、戦いの心得に疎いものは家へ引きこもりがちになってしまう。

 対するもののふたちはというと、このように「けったい」な輩こそ腕試しにちょうどいいと、時間を見つけては鎧兜を身に着け、この辻斬りの主を探し出して斬ろうとやっきになっていたらしい。

 すでに多くの被害が出ているものの、もし辻斬りがあらわれなくば、これまで通り、もののふたちが死を求めて自分たちに襲い掛かってくるかもしれず、民たちにとってはありがた迷惑な存在であったらしい。


 かの辻斬りの捜索は年単位で続いたものの、なかなか尻尾をつかむことはできずにいた。

 武装したもののふたちは、仏の出たところを中心に練り歩いていったのだが、そもそも下手人がどのような風体であるかを、一向につかめずにいたんだ。

 被害者はことごとく落命し、その凶行の目撃者すらも見つかっていない。分かることはもののふたちにはまったく被害が出ることなく、戦とかかわりない民へばかりに凶刃は向けられ続けたということだ。

 このまま正体がつかめず終わるかと思われた、ある冬の晩。ついに数少ない生存者があらわれた。


 彼は古くに受けた戦傷がもとで、利き腕をダメにしていたらしい。

 外の国よりの兵を相手どるに、万全の力を振るえねば首をかかれるばかりと、一線を退いていたが武技の鍛錬だけは怠っていなかった。

 その夜は久方ぶりに雪が降ったという。すでに老齢に達しようとしていた彼の眠りは浅く、夜中に目を覚ますと庭の雪たちが月の光を照り返し、青白い空気があたりを包んでいた。

 これは珍しいと、起き出した彼は民のそれと大差ない袷を羽織り、懐に鉄扇をねじ込んだのみで起きあがり庭へ足を踏み出したのだそうだ。

 雲一つない夜空に、白さを増した月の姿。こうも澄んだものを目にできるのは、もうあと何度ほどかとしみじみ感じていたとき。


 ふと、背後で突然に殺気が起こった。

 熱、足音、息遣いといった生きた気配ではなく、純然たる殺意の塊。戦場に身を置いた者のみが感じる、人に限らず命を狙う武具たちが発するそれが、まさに背後で自分に振りかぶられたのだ。

 老人は振り向きざま鉄扇を抜き、構えたところにちょうど強い衝撃を受けた。

 彼の鉄扇は満足に刀を振るえなくなり、体力そのものも下り坂となった自分用に調整した護身用の道具だ。目測を誤らねば真剣を受け止め、小手を打てば相手の武器を打ち落とすに十分な威力を持つ。

 閉じたままの扇は確かに相手の得物を受け止めた。が、それの影も見えず、火花も散らない。いくら目を凝らしても、そこには先ほどと同じ、淡い月明りに包まれた夜の姿があるのみだ。


 ――どういうことだ?


 老人が思う間に、またも殺気がおこる。彼自身の四方から、いっぺんに。

 若いころの戦場でも、このようなことはなかった。囲まれるとしても、自ら相応の覚悟を決めてからばかりだったから、心持ちからして違いすぎる。

 それでも身体は往年のたぎりを瞬時に呼び起こし、舞うようにして周囲からの殺意に応じていく。

 鉄扇ごしに、その手へ幾度も衝撃を覚えながらも、姿なき攻め手たちはなお気を緩めることはない。殺気の数は増していき、やがて老人も傷を負い始めるが、痛みさえ鈍るほどの高揚の中で、逆に冷めていく彼の思考は気づく。


 ――すべてが、殺す気ではない? 試している?


 長年の勘ゆえか、老人は自分にとっての致命打を肌で感じることができていた。狙いや気迫の鋭さからそれを察し、しのいでいくことでこれまでも命を拾っていたのだ。利き腕をつぶされた時も、そうしなくては命そのものを奪われていた局面だったゆえだった。

 いま自らへ殺到する、姿なき刃の斬撃は三十を下らない。身一つですべて防ぐなど、どのような達人でもかなうまい。

 だが、必殺はそのうちの三ほどしかない。未熟なものは判別できずにすべてを拾おうとして、その致命を逃して落命するだろう。

 が、もはや老いさらばえた自分に余る欲は無用。試しや誘いに乗らず、ただ本命ばかりを外してやればよい。


 時間にして小半時ほど続いたそれをしのぎ切り、殺気がもはや起こらなくなったとき、ようやく老人は雪の上へ膝をついた。

 のちに手当てに当たった家のものが数えたところ、大小の刀傷がおよそ100。しかし急所だけは外しており、命に別状はなかったという。

 老人は療養の床にあって、家の者たちに語った。

 あれは死神が刃を研いでいるのだと。我らが死に慣れんがために相手を求めるのに似て、きゃつらもまた試すようにして刃を磨いている。

 これまで武装したもののふではなく、服しか着ない民たちが狙われたのも刃がいたずらに傷むのを防ぐため。そのうえで、どのようにしたら人を殺せるかをはかっているのだと。


「気を抜かぬことだ。あれにはいくつもの試しが混ざり、本命を隠していた。これまでの凶行もきゃつらにとっての試しであったなら、本命の刃が振るわれるときが来るだろうからな」


 老人の想像の通り、しばらくしてよりのち、お上からの召集の命により主だった武士たちが集められた。外の国との戦のためだ。

 老人の家のものも、戦えるものはほぼその場で討ち死にし、生き残ったものも長くは生きることができなかったそうな。

 死神の本命の刃は、このときを狙って振るわれたのかもしれない。

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