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生殺権

 先輩は話を書いていて「あれ、俺はなんでこんなことしてるんだろう?」と我に返っちゃったりすること、ありません?

 芸術系なんかは特にそうですよね。結果が出るかどうかも分からないことに時間をかけ、結局失敗となったなら費やした時間は何だったんだ、といいたくもなるでしょうね。

 自分が何を求めているのか。これはどこか太い軸を一本、持っておきたいところです。どれだけ迷っても、そこへ戻っていけばいい……そんな魂のふるさと、ほしいですねえ。

 けれど、ひょっとしたら自分が求めているものが得られていないだけで、実は多大な影響が出ている、ということもあるかもしれません。それがまた、余計なものを呼び込んだりすることも……。

 私が兄から聞いた話なのですが、耳に入れてみませんか?


 兄も先輩と同じように、物を書くのが好きなんですよ。ただちょっと職人肌というか時代錯誤アナクロというか、紙の原稿用紙にこだわりがあるんですよね。

 パソコンなどが使えないわけじゃないんですよ? ただ鉛筆を持って紙の上に先端を走らせる感触がないと、しっくりこないとのことで。そこらへんは、自分の好みに正直な兄らしいといいますか。

 作品は身内には見せるのですけれど、他の人にどれだけ披露しているかは今ひとつ把握できていません。本人いわく、書くことそのものがストレス発散にもつながっている、とのことで、生産的な取り組みをしているかというと頭をひねっちゃうのだとか。


 しかし、紙で行う以上は問題が出やすいのです。ちりつも問題ですね。

 紙は増えれば増えるほど、かさばっていく。場所をとっていく。どこかしらで処分をしなくては生活のスペースを圧迫してしまうわけです。

 この間、書かれたものたちは兄の趣味の産物。頭のうちにとどめておいたならば、生まれずに済んだものばかりといえましょう。紙と鉛筆の芯を費やして、兄は偉大な父となり、また殺戮ショーを展開するわけですね。

 保存しておくにも限度があります。兄も足の踏み場がなくなると、紙たちをまとめて処分するようにしていました。

 一日の消費量は不安定とはいえ、くくる紐や入れる袋の数などもまた有限ですから。どうせ使うならちまちまやるより、まとめて出してしまったほうが手間もおさえられていい。

 兄のゴミ出しは、たいてい回収日の前日の晩。朝はごたついて出し損ねてしまうことが多々ありますから、このときが向いていたそうですね。


 ただ、その晩は他にもゴミを出している人が多かったのです。

 兄の住んでいるところだと、紙と布類は同じ日に回収されます。そのためアパートの住人用ダストボックスの中は、同じように紐でくくった古雑誌なりが肩を並べ、袋に入るはくたびれたシーツやシャツたちといった古着たち。

 いつもはその中へ、ひょいと自分の紙も仲間入りさせて去る兄ですが、たまたま目に留まった袋の中身に固まってしまいます。

 その袋の中は、盛大に破けたシーツたちだったのですけれど、表面が赤黄色く濡れていたんですね。

 これが真っ赤っかだったなら、かえって絵の具とかケチャップとか想像しやすかったと兄は語っていました。でも黄色がそこへ混じってくると、いかにも治りかけとか化膿しかけとか連想させて、生々しく感じられません?

 兄も顔をしかめながら、自らの紙をちょっと離れたとこへほっぽっといたのですが、翌日になった。


 兄の住んでいるアパートの敷地内で、珍しくカラスの遺体が転がりました。

 好んで動物の遺体を観察することもない兄ですが、ちょうど敷地の出入り口の脇となると、まったく見ないことも難しく。通り過ぎる際にちらりと見やったのですが、目立った外傷はなかったように思えたそうです。

 そのうえ、外出先へ向かう時も帰ってくるときも、そこかしこでカラスの死体を見たそうですよ。路上、看板の影、屋根や車の上などなど……いずれも敷地内で確認したのと同じような傷なき死体ばっかりです。

 妙なこともあるな~、と思いながらアパートへ戻ってきたあたりで、兄は気づきます。


 アパートのゴミ捨て場は、道路をはさんで向かい側。多少、歩きはしますが部屋からでも視認できるほどの近場です。

 そこに人だかりができていまして、兄もそこの様子を見に行ったんですね。

 すると、ダストボックスからあふれていたんですよ。赤黄色い液体たちが、たっぷりと。

 このとき兄が思い出したのは、あの破けたシーツたちのことですが、のちほど処理にあたった人の話だと、例のシーツに限らず、出されていた紙、布たちのいずれからも、どくどくと液体があふれてきていた、との話ですよ。

 兄の出した原稿用紙もしかりです。原稿用紙を出すのは兄くらいでしたから、少し触れられただけですぐ自分のものと判断がつきます。

 それらの一枚一枚のすき間から、まるで拍動を打つようなリズムで、液体がどんどんとあふれてきていたとか……。


 殺される側の面々も、ときには殺す側に回ってみたかったのでしょうかね?

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