冷酷な枝事件
こーちゃんは、自然は優しいと思う? それとも厳しいと思う?
いや、つい最近に子供から質問されてさ。この機に聞いてみようと思って。
――結局は受け取る人のTPOによって変わる? 現象そのものの問題ではない?
ふむ、いかにもこーちゃんらしい意見だな。遠慮のないものいいだ。
我々、同じ腐るという現象に対しても、役に立てば発酵、役に立たないなら腐敗と分別をする。最終的には自分にとって利があるかどうかに集約される、というところか。
そう考えると、自然は無慈悲と評する意見が多いのも、ある程度納得できる。損失回避バイアスが働きやすいからな、人は。自分が得することよりも、損することのほうにやたら鋭敏になる。
ひょっとすると、偏った見方のために評価を誤りがちな現象というのもあるのかもしれないな。個人レベルでは許容範囲でなかったとしても、だ。
実は最近、久々にあった友達から酒の席で聞いた話があってね。耳に入れてみないかい?
ところでこーちゃんは、発明王エジソンが子供のころに友達へヘリウムガス、あるいはそれを参考とした自作の薬を飲ませた、という話を知っているだろうか?
――確か、人が空を飛べるようになるということを、示したかったんだろ?
うん、そう伝わっているな。
エジソンの空を飛びたいという欲求は、すでにこのころからあった。実験そのものは友人を苦しめることに終始してしまい、母親からはこっぴどく怒られて、人体実験を禁じられるようになった、ということだ。
しかし、あらゆる科学的な問題を考慮に入れず、この実験がエジソンのもくろみ通りに進んでいたとしたら、友人はどのように空へ浮かんでいたのだろうな?
おそらく、風船のようにぷっくらと体中が膨らみ、ぐんぐん高度を増していったのだろうか? 見ているほうはいいかもしれないが、飛んでいるほうとしてはどうだろうか?
高所もまた、命をおびやかすには十分な要素のひとつ。もしある程度の高さ以上から落ちたのならば、死の危険は格段に増す。少なくとも、人のような身体のつくりをしていたならば。
ゆえに高いところにある異状というのは、際立ってしまうのかもしれないな……。
友達が話してくれたところによると、今から数十年前。
友達の地元では「冷酷な枝事件」と呼ばれる事件があったようだ。
ああ、この創作めいた名前は一種のコードネームのようなものだ。実際の事件名を出して、藪蛇になってはまずいからな。ある程度のフェイクもいれるが、勘弁してくれ。
はじめに気づいたのが、友達のおじいさんらしくてな。高枝切りばさみでもって、枝を切っているとき、落ちてきた枝の一本が妙な姿をしていたんだ。
ひとめで、それが人肌に包まれているのが分かった。ぬくもりを感じさせるような比喩じゃないぞ。ガチで肌が枝を包み込んでいたんだ。試しに引っぺがしてみると、裏側も枝も赤黒く染まっていて、固まり気味でな。かぶせてから、それなり時間が経っているんじゃないかと思われたんだ。
さすがのおじいさんも異様な気配を感じたものの、皆へおおっぴらに話していいものかと思い、当初はおばあさんに伝えていたのみだったとか。
だが、その日以降、おじいさんのみならず色々な人が高所にある枝たちのあちらこちらが、この人皮をかぶったような姿でいることに気づくようになっていく。
ちょうど友達の地元でもマンションなどの集合住宅が建つようになったからな。高所の枝に気づく者が以前より増えたっていうのも、大きいのだろうな。
当時は友達も子供だったし、この話は大人たちから回ってはこなかったらしい。だが、この気味悪さはそれなり多くの大人たちの間で広まっていて、警察も犯罪と絡みがあるとみて調査をしていたとかなんとか……。
そうやって警戒心が高まっていたためか、最初の枝の発見より一か月ほどして変死体が見つかることになる。
隣町に住んでいた住所不定の男性だったというその遺体は、無残にも身体中の皮という皮をはがされていた、とのことだ。さすがにこのような異常事態があったことは、友達の通う学校にも通達されたようで登下校時の注意が促されたのは覚えているらしい。
それから数日後のこと。
高さにしておよそ二階建ての建物以上のところ、そこに至る枝たちがあの人の皮をかぶっていたんだ。
しかし、それも一斉にではなく、何本か被さっていない枝があったという。そしてそれらが正午の訪れとともにたちまち黒ずんで腐り、鼻をつままざるを得ないほどの悪臭をまき散らしたんだ。
一日足らずで止んだ臭い騒ぎだったけれど、当時の人々にとっては印象的な事件でね。例の人皮をかぶった枝はなんともなく、かぶらなかった枝はことごとく腐り落ちてしまった……。
ひょっとしたら枝には、自分たちの都合で人をどうにかする力がそなわっているのかもしれない、と友達は話していたよ。人があまりに小さいから、普段はいいようにさせているだけでね。




