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仙人道

 陸の孤島。なんとも、よい響きだと思いませんか先輩。ミステリーものの題材として。

 もちろん、リアルであったら困るものですけれどね。公共の交通機関の恩恵にあずかりづらかったり、連絡が取りづらかったりするのは。

 しかし、独り離れたところにいるというのは、外からの変化を受けづらいという利点もあります。

 なにも変化が訪れないわけではありません。そこへとどまり続けることでさらされ、経験することになる様々な影響……これもまた変化につながることといえるんじゃないでしょうか。

 外界から隔絶された空間に身を置くことで得られる力、と表現してみるとまるで仙人などに通じるもののような気がしませんか?


 ――仙人にしては、かっこよさみたいなのを求めたりするセンスってふさわしくないんじゃないか?


 まあ、俗っぽい仙人もなきにしもあらずとは思いますが、先輩のイメージ像としては余人を寄せ付けない、徳高き者て感じですか?

 ある意味、今回話す人はその徳高き者に手を掛けた存在かもしれませんね……ちょっと聞いてみませんか?


 父の友達のひとり。まあ、特定されるとまずいかもなので、よくある名字の山田くんにしておきましょうか。

 山田くんはあるとき、「俺は仙人になる!」と宣言して、父の目の前から姿を消してしまいました。

 折しも大学四年生の時期で、父も山田くんも早めにやることは済ませてしまい、あとは寝ていても卒業ができる、という状態だったとか。最後のモラトリアムを楽しめる時期ですからね、はっちゃけたくもなるでしょう。

 その山田くんの突然の宣言に、父は目をぱちくりさせましたが、どうも彼の意思は固いらしく一切の連絡をしてこないでくれ、との一方的な頼みごとをされます。いま借りている部屋へ訪れることも禁ずると。そして区切りがついたなら、こちらから連絡するとも。

 いきなり言われても、クエスチョンマークでいっぱいになるでしょう。まあ、仙人宣言などというのは、ほかの目的を隠すための方便。よほど人には言えない、見せられない趣味にでも没頭したくなったのではないか、と父は思ったようですね。だったら、放っといてあげるのもまた優しさかと。


 そうして連絡を絶ってから二か月ほどが経ちました。

 これまでは三日にいっぺんは顔を合わせたり、話をしたりしていた中ですが、去る者はなんとやらですか。いないならいないで、問題なく過ごしていたところ。

 すん、と鼻腔をよぎった臭いがありました。それは例の友達の部屋の臭い。

 悪臭というのとは、少し違うものですね。とある人が利用する空間、部屋でも家でも車でもほんのり香る、その人物自身の臭い。消臭剤があったなら立ちどころに塗りつぶされてしまいそうな、微弱なスメルです。

 それがいま、にわかに自分の部屋へ入り込んできたんだ。父はふと、あたりを見回したものの、彼が部屋の中に現れたり、近辺に姿を見せたりしたわけでもない。そもそも、換気したばかりできっちり閉ざしたこの部屋中の、どこから入り込んできたというのか。

 念のために部屋の外も調べるも、誰かが近づいてきたような痕跡もなし。不審がっていると、翌日に友達から連絡が来ました。

「いよいよ仙人になれたかもしんない」と。


 父も仙人というのは、なれるとしても長い積み重ねの果てにたどりつくもの、なイメージを持っていました。なので友達の言も、最初は見栄を張っての嘘なんじゃないかと思っていたのだとか。

 しかし、友達はあの臭いがした日の父の行動を片っ端から言い当てて見せたのです。途中で買い物のために外出したことも、それがいつからいつまでのことで、何を買ってきたのかということまで、きっちりと。

 ストーキングでもしているのか、とも疑いたくなりますが、父は自分のまわりの戸締りは抜かりなく行う人でしたから家の中をうかがうなど、まずできないはず。


 そういう疑念の目を感じ取ったか、友達もなら試してみようかと、父へある提案を持ち掛けます。ここから半径2キロメートル以内のどこかで、適当に時間をつぶしてまたここへ戻ってきてほしい。その間の行動を、この部屋にいながらきっちり当ててみせると。

 ミステリーものさながらに、盗聴器やカメラのたぐいがつけられてないか確かめ、友達が尾行してきていないか注意を払いつつ、父は近辺をまわります。ただ道に沿って歩くのみならず、適当に店へはいって冷やかすそぶりも行いました。

 そうして屋内に入ると、よりはっきり分かるのですが……やはり、あの友達の臭いがほんのりと漂うのです。出かけに消臭はしっかりしましたから、あの部屋のものが残っているとは考えづらいものでした。


 ――もしや、こいつがあいつのいう仙人とやらの「タネ」か? だとすれば……。


 その仮説を裏付けるように、部屋へ戻った父に対し、友達はどこでどのようなことをしてきたかを事細かに教えてくれたようです。


 仙人は霧やかすみを食べ物にしている、とは一説に聞きます。かの友達の場合は、霧やかすみとなって、物理的な制約をくぐりぬけるような手段を得たのかもしれません。それによって父の動向を追いかけられたのかもしれませんね。

 ただ、その友達も今はいません。

 仙人に目覚めてから数日後にあった土砂降りの日以来、音信不通のままで今に至るのだそうです。ひょっとしたら霧かすみとなって出ていったおりに、雨に打たれてどうにかなってしまったのではないか、と父は思っているとか。

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