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静かな腐り

 炎。

 その身近さと有用性、そして歴史においてここまで利用されるものは、指折りであるだろう。

 知っての通り、炎は物質にあらず、現象だ。物が酸化するときに条件を満たすと、熱や光を帯びて激しく繰り広げられる。その様子を私たちは燃焼ととらえているのだ。

 一見して派手、そして危険なためにそれが発生しているときはどうも気をそちらへ奪われがちになる。消し止めようと思ったら、熱、酸素、燃えているもののいずれかを押さえこむ力が求められるのだ。

 対して、静かにおとなしく進む酸化はただの酸化。特別な名をつけることはなく、たとえあったとしても燃焼ほど知られてはいないだろう。

 現象そのものはあちらこちらで起きているはずなのに、輝きを持った一部こそが注目に値する。違いがないと、人はなかなかそこに気づくことはできないからね、目立とうともするさ。

 そのぱっと見は知られていないことも、一部の人にはちゃんと認知され、気にかけられているってケースもままある。

 最近、友達が話してくれたものなのだが、聞いてみないか?


 友達はその現象のことを「静腐」と呼んでいた。静かに腐ると書いて、「せいふ」だ。

 腐ることもまた、日常的に起きていることのひとつだ。生きている間は免疫機能が働くことにより、腐敗へつながる活動は抑えられている。

 これが、生命活動が停止してしまうと異物を拒む力を喪失し、いいようにものを分解されていって腐敗につながってしまうわけだ。

 とはいえ生き物には個体差もあるし、環境の差もある。中には生きながらにして腐敗が起こってしまう可能性もあり、これが静腐というわけだ。


 静腐は極端な話、誰にでも起こりえる。もし起こらずにいられたなら、格別に免疫が強いのかもしれない。

 その症状はまず咳から入る。これだけではそんじょそこらの風邪や、ほかの病気とも区別がつかないから、なんとも対応に困りそうだ。しかし、少し気をつかってやれば、静腐かどうかの判別はできなくもない。

 まず咳き込んだとき、ティッシュをあてがう。このときタンや鼻水といった体液が混じっているなら、なおよしだ。

 そうしたらそれをゴミ箱に入れる。まあ、「言われんでも、普通にやるわい」と思うかもしれないが、肝心なのはそのティッシュ単体のゴミ箱あるいは袋を用意する点だ。

 ほかのものが合わさってしまっては、正しい判断ができなくなってしまう。そのティッシュ単体でいられる空間の中で半日の間、様子を見るんだ。

 たいていは12時間のあともティッシュはそのまま横たわっているはず。しかし、静腐の兆候が表れたならば、ティッシュはふとした拍子に腐り落ちる。

 それはわずか数秒の短い間だが、身体へあてがった箇所からおのずと虫に食われたような穴が開き、広がっていき、ティッシュそのものが黒く濁りながら、完全に姿を消してしまうんだ。


 それを見たならば、早急に手を打たねばならない。

 とはいっても、いきなり病院へ行くことは推奨されない。行くとしても、家の中でできる応急処置をしたのちに動くことがすすめられる。

 家が医者である、などの場合でなくてはどうしても時間がかかってしまう。その間に症状が急変すると厄介ゆえ、手を打っておくのだ。

 策は非常にシンプルで、その場で発酵食品を多く摂取する、というもの。

 みそ、チーズ、ヨーグルト、納豆などなど……これらをその場でお腹いっぱいになるまで食べておくんだ。

 詳しい仕組みはまだよくわからないが、発酵によって生まれる作用、あるいは含まれる菌類そのものが影響しているのか、静腐の症状を急速に抑え込むことができる可能性が高い。

 あとは病院で診断してもらったのち、異状がないことを確認できれば安心というわけさ。


 ――対処を怠った場合、かい?


 非常によく見られるのが、出血のようだ。

 表向きに皮膚が破れるなら目立ってありがたいのだが、大半は臓器内で血が出る。それがいかにまずいことであるかは、想像にかたくないだろう。

 致命的な部分なら、そこから時間をおかずに死に至る。しかし、そうでない臓器の場合はティッシュがそうであったように、急速に食いつぶされて腐らされていく。

 皮膚の場合はそれが目に見える早さで、次々に剥かれた皮の下からドバドバと血が出てくるから、皆がその異変に気付ける。


 どうも強く止血すると、静腐もその動きを鈍らせるらしく、この時点で病院へ運ばれても純粋な外傷と区別することが困難。そのまま傷の手当てをする。

 けれども治りはすこぶる悪く、発酵食品を取ることでのみ、気持ち治りを促進させることができる、とのことだよ。

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