赤画面
いやあ、前々からこの料理屋さんに来たいと思っていたんだよね。
仕事帰りとかで店の前は何度か通ったんだけど、入ったのは今回がはじめてさ。ここんところ大きくてごみごみしたところばかりだから、これくらいの秘密の穴場くらいのスペースが……。
て、おーい、つぶらやくん。早くもスマホを見始めないでくれよう。退屈だったか?
しかし、こうもちょいと時間があるとスマホに手が出るあたり、ひと昔前を考えたらみんな何かに取りつかれてしまったような気がするね。
時間がかかることが見込まれるお店には、お客さん用に漫画とか雑誌、新聞とかを置いていて、それを読みながら時間を過ごしたものだ。今でも、そのようなスタイルが残っているところはちらほらある。
けれども、それらの本やニュースの中身さえも、手元でいじれる小さな画面の中におさまってしまうのだから、あらためてすごい時代だよ。
しかし、変化に対応しているのは何も我々人間ばかりでないかもしれない。最近、友達から聞いた話なんだが、ミミに入れてみないか?
このスマホなどの液晶画面、いまや普通の鏡よりも見る機会が上かもしれない。
すぐに画面を点灯させるにせよ、そこまでのわずかな間に暗いディスプレイを目の当たりにすることになる。
「大変だ! ディスプレイにブサイクなやつが映っている」とは、いまや有名な自虐ネタのひとつではあるが、いつか誰かが言い出したもので、本当の発祥を知るのは困難であろう。
で、友達もまたブサイクな……とまでは言わないまでも、電源を入れないディスプレイをめぐって少し奇妙な体験をしたのだとか。
はじめて、親にパソコンを買ってもらったときだ。
買った当初は大事にしても、生活の一部になじみ出すと、よほど思い入れがない限りは手入れその他がおろそかになってきやしないか?
友達もそのご多分に漏れず、買ってもらったパソコンからひたすら享受するばかりで、ねぎらうことをせずにいたようだ。
デスクトップでディスプレイとキーボードが分かれているタイプだったらしい。キーボードにはきっちりカバーをするものの、ディスプレイはそのまま。たまに気になるほこりを後から払う程度だったとか。
その日、帰ってみて自室の戸を開ける。パソコンはここから対角線上の奥まった窓際に設置されていた。ちょっとでも廊下から響く音が入らないようにしたかったが、ヘッドホンのたぐいは耳に悪いから使いたくない……という考えだったらしいな。
で、いつもは真っ暗なはずのディスプレイが、その戸を開けた瞬間は真っ赤っかになっていたらしいんだ。
「は?」と思わず声をあげたとたん、画面の赤みは失せて元通りになってしまう。あわてて飛びついて立ち上げても、なんともなかったそうなんだ。
それからは、部屋に入ろうとするたびに様子をうかがう友達だけれど、また真っ赤なディスプレイを拝めることは、そうそうなかったらしい。
あくまで、そうそうだ。数えるほどだけど、なんどか目にしたことはあったようだけど、戸を開けた瞬間に元へ戻ってしまう。まるでこちらの気配を察したかのように。
それならば、と当時の友達は怖いもの知らずの策を練った。
戸ではなく、窓際から部屋の中をこっそりのぞきこもうという作戦だ。
ベランダがついているタイプではない。せいぜい網戸をセットできるサッシと、そこを支える出っ張りがある程度だ。ヘタに体重がかかって、それらが壊れるだけでもおおけがのおそれがある。
でも、友達はそれをやった。ほぼ家の外壁にへばりつく格好になるが、カーテン越しに部屋の中を見ることに成功したんだ。
ディスプレイは真っ赤だった。
見ている限り180秒間そのままだったが、やがてどしんと家全体が揺れて、あやうく友達は落ちそうになった。
どうにか踏みとどまった視線の先。そこには自分のパソコン前の椅子に座って、前に突っ伏す「かかし」の姿があったのだとか。
そう、田畑に立つあのかかしだ。へのへのもへじの顔面でもって、野良着を見た上半身がキーボードカバーに覆いかぶさっていたのだとか。
あとで調べると、確かにカカシは近辺の田畑で引っこ抜かれたひとつだったが、経緯がさっぱりわからない。しかしその日を境に、田畑で見かける鳥の数がどっと増えたらしいのさ。




