見せかけの意思
この世には自分のそっくりさんが三人いる、とは聞いたことがあるんじゃないだろうか。ひょっとしたら、もっと多いかもしれない。
一説だと、顔のパーツを決める遺伝子の数は限られているらしい。数が限定されればパターンも限定されるわけで、それがたまたま合致してしまうこともあるだろう。
カードゲームのように入念にシャッフルしたとしても、偏りが生まれるようなものだ。むしろ毎回毎回きっちりばらけるというなら、そちらこそイカサマを疑ったほうがいい。
しかし、そっくりさんはあくまでそっくりさん。中身をじっくり探っていったなら、当然別物なところも出てくるだろう。
人間に限らず、これらのようなそっくりさんは世の中のそこかしこにあるかもしれない。僕のむかしの話なのだけど耳に入れてみないか?
地元のソフトボールクラブ勧誘のチラシ。君も自分のところで見たことがないだろうか。
コンビニであったり電柱であったり、人通りの多いところでこれらを貼り付け、見てもらうというのは昔ながらの手段だ。
でも衆目にさらすということは、いたずらを受ける可能性も高まるということ。勝手に破かれて捨てられたり、心無い落書きをされてしまったり……。
肖像権の問題とかも考えると、おいそれとは本人たちの写真は出せない。PCなどで作ったソフトボールクラブを連想させる絵柄をどしどし載せていく。ゆえに彼らも手を出しやすかったのだろう。
かのクラブに入っていたのは僕ではなく、弟のほうだった。けれども、こうも悪意を感じるやり方が目に入ること自体、気に食わなかったんでね。ひどい目に遭ったポスターを見るたび回収して弟に渡していたのさ。
弟からコーチ側へ渡れば、何かしらの策を講じてくれるかも……と思いもしたが、それはいささか期待しすぎだろう。ただ、そのままにしたら思わぬ悪印象がばらまかれる恐れもあったし、それを防止することにつながればとも思ったんだ。
しかし、力を入れて枚数を刷ってあったものだから、犠牲者も比例して多くなる。無事なものも散見されるも、数日たてばどこかしらに、ひどい目にあったチラシが現れてしまうという状態だった。
その日も、チラシが捨てられているのを僕は見る。
でっかいマンションの敷地の中だったなあ。あまりにスペースが広いから、ルートによってはショートカットに使えるし、マンション住民と思しき子供たちもボール遊びしているのをたびたび見かける。
その中にあって、発見してしまったのだから逃すわけにはいかない。敷地と道路を隔てる壁のすぐ裏手。こんもりとした茂みの一角に、ポスターが打ち捨てられてあったんだ。
茂みを構成する枝葉たちにそこかしこを貫かれた上に、雨に打たれたのか全身もずぶぬれになっている。へたなつかみ方をすると、その部分および枝葉に引っかかった部分からどんどんと崩れ落ちそうになるから、回収にはえらい気をつかった。
そうして救い出したそれも、すでに誰かが手を加えていたのか。これまでのチラシで使用されていたコンピューターグラフィックによる、ソフトボールをイメージさせるデザインのことごとくが黒く塗りつぶされていた。
雑につぶされていたのなら、単なるいたずらと思っていただろうけれど、そのびしょ濡れのポスターはデザインの部分だけが、きれいに隠されるかっこうだ。まるで職人芸な塗り絵を見させられているかのよう。
いくらなんでも、この見てくれでは弟に見せるのも忍びない。というか、僕自身も助けた身とはいえ長くは持っていたくないのが、正直なところ。まともにつまむようなことができず、手のひらへそっと乗せっぱなしの状況だ。大路を歩けば、そりゃ目立つ。
この手の悪評の元を、大勢の目につかないようにするのが第一。かわいそうだが、そうそうに別れを告げるとしよう。
ついっと、小道へ曲がる僕。ここにはやや年代物の自販機があり、その影には小さいくずかご。僕はそこへそっとポスターを入れてしまう。
それだけでもポスターがいくつかの紙片に散るほど。すでに先客としているカン・ビンたちに重なる形になるも、バラバラになるのも時間の問題だろう。
これまでのポスターたちとはあまりに違う扱いに、僕自身も「なむなむ……」と手を合わせて立ち去ろうとしたのだけど、その数歩進んだあたりで。
がたごと、とくずかごが揺れる音がする。
もしや誰かが触れているのかと、振り返ってみるも誰もいない。くずかご自体が勝手に動いていたんだ。
じっと見つめる。なおも揺れるくずかごの中、僕が見たのはあのびしょ濡れのポスターだ。
たわんでいる。のみならず、底の方へ広がってくずかごの中を包まんとしているように見えた。その圧がかかるたびにかごが揺れているんだ。
カン・ビンたちはその中へ包まれてしまっているのだろうが、様子がおかしかった。手放したときは、びしょ濡れでボロボロ、空中分解一歩手前のひどいありさまだったはず。
それが今は表面の濡れどころか、傷み具合までなくなって、元の紙と遜色ないほどの状態にまで回復しているように思えたんだよ。しかも、その大きさをカゴからあふれんばかりに大きくしながら。
ほうっておいたらいけない。
僕はすぐさま引き返して、反射的に足を振り上げてカゴの中の紙を踏みつけていた。
そうしなくてはいけない、と理屈抜きに思えてね。何度も踏みつけると、やがて紙はバラバラになってしまったけれど、そこからぞぞぞっと、カゴのすき間を縫って駆け去っていくものがあった。
あのチラシのあちらこちらを、きれいに塗り潰していた黒いものだ。足なども見えず、地面を這うような形で別々のところへ散らばっていく。
チラシの影から出てきたカン・ビンたちは、先ほどの姿からはほど遠いほど溶けてしまっていて、わずかな破片が転がっているばかりだった。
ポスターに見せかけて、あいつらはなにをたくらんでいたのだろう。




