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毛林の風

 みんなに質問だ。森と林って、何が違うと思っている?

 どちらも木が立ち並んでいることに違いはあるまい。はた目にはどのように判断すればいいのか、考えたことはないか?

 辞書によると、森は木が立つところで、林は木が群がり立つところで、何が違うんじゃい! というところだ。

 林業をしている先生の友達は、森は自然の木がそのまま残っているところであり、林は人間が手を入れて管理しているところのことを指すのだという。

 そして先生の父親は、森は自然の木が盛り上がって山のような姿を呈し、林は高さなどの似たような木々が身を寄せ合って作っているもの、と話してくれたんだ。森というのも「盛り」の変化形である、との力説だよ。

 どちらの説も「まあ、そのようなところもあるか」と考えられなくもない。しかし、森は雑多なこともあるが、比べて林は整然としているものという印象が強いな。

 似たようなものが意図してそろえられた空間。そいつは木に限った話ではない。ほかの植物、動物などでも十分ありえる。もちろん人間でもだ。その空間では、「森」の環境では至ることのできない特殊なことも起こるかもだ。

 先生の昔の体験なんだが、聞いてみないか?


 先生が学生時代のときの悩みといえば、毛の濃くなってくるところだった。

 これまでつるっつるだったところを内側から侵略してくる、拒みがたい来客だ。これもまた生命体としてひとつの成長といえるが、ちと生生しいのは否定できない。男くささを表現するにはかっこうのファクターのひとつだろうがね。

 と、まあそれは置いといてだ。先生はまわりのみんなに比べると、これらはなかなか濃い部類に入るほうだった。特にすねから太ももまわりにかけての毛の生え方は、若いながらショックを受けるほうだったんだよ。

 黒々としげり始めた毛を、むやみにはさみで刈り取るのは、よしとされなかった。うっそうとしげるあたりに、手のひらを当てて、ぐりぐりと渦を巻くように動かす。そうするとそばにある毛たちがからまって、小さなほくろのように固まっていくんだ。

 そこを取る。手でもって、ぶちりとだ。

 先に話したようにはさみでやるのはヘタレのやることであるとされていたし、根っこから引っこ抜かなくては、次からはもっと濃い毛が生えてきてしまう……と考えられていたから、力も入る。

 当然、抜くのも手軽じゃない。毛を一気にまとめて抜くのと変わりないから、相応に痛む。

 が、半端にもたついたところで、痛い時間が長引くばかり。ここはある意味、男の度胸が試される場だったわけだ。


 ――それが、林と何か関係があるのか?


 先に話しただろ? 林は似たようなものたちがそろっている場所のこと、と。

 同じように毛深い生徒たちがそろうとき、妙なケースが起こりかねないというわけさ。


 当時の先生たちは若気の至り……いや、バカ毛の至りで剛毛の持ち主同士、休み時間に例の方法で毛をちぎり競うのが、一種の流行りになっていた。

 若さゆえの恩恵か、ぶちぶち抜いても一週間も経つとほぼ元通りの茂り具合に戻っていてね。教室だと毛が嫌いな子の目がうっとおしいんで、休み時間になると男子トイレで自分たちの毛を抜きあって、その塊の出来具合などを比べたりしたもんだ。

 その日もまた、示し合わせてトイレに集まろうとしていたのだけど、休み時間直前の授業で。

 ふと先生は、自分の足元に冷風を感じた。

 制服の長ズボンを履いているにもかかわらず、まるでそれらの生地を透き通るようにまっすぐ抜けていったんだ。

 しかし、窓も廊下側のドアも締め切っているし、風が吹き込んできそうな気配はない。誰かがうちわの類で足元をあおいでいるわけでもない。

 風邪をひいたとかなら、のどなり頭なりお腹なり背中なりを攻めてきそうなものだ。それが足元ばかりの悪寒とは少し妙な感じもする。

 そうして、いざ授業が終わってトイレに集まると、いつもの面々ももれなく足元に風が通るのを感じた……と話したんだ。


 ここで退いておけば、まだよかったかもしれないが、やはり先生たちの背中を押したのはバカさだったのだろう。

 これまで何度もやってきたように、ズボンのすそをまくりあげて、ふさふさと茂る黒い毛たちを確かめるや、手のひらを押し当ててぐりぐりとかき混ぜ、いつも通りの黒く丸い塊を作る。

 慣れてきたとはいえ、痛みを無言で耐えるのもちょっと難しい。フン、フンと鼻を鳴らしながら、めいめいで毛の塊たちをもぎ取っていったのだけど。

 抜き取ったひとつひとつが、たちまち湿り気を帯びてきたかと思うと、じんわりと水を吐き出してきたんだ。

 小便をもらした、などと場所が場所だけに漏らすやつもいたが、臭いはしないし、そもそも足のここまで濡れそぼっている時点で、いろいろ手遅れすぎる。そもそも、こいつらはすべてちぎり取ってから濡れ始めたんだ。


 などと、言い訳しているゆとりはない。

 おののく先生らは、そのままトイレのごみ箱にちぎり取った髪の毛を放り込んで逃げ出したんだけど、事態は直後の給食の時間にやってきた。


 あふれだしたんだ、水が。

 例のごみ箱のふちを越え、廊下へどっとあふれ出てそれぞれの教室の入り口にまで達するほどだった。

 それだけでなく、水はたちまち凍り付いてしまい廊下を歩くのに皆が難儀するほどになってしまったんだ。ことわっておくけれど、気温は20度前後だったぞ?

 氷は自ら溶ける様子をさっぱり見せず、男手が休み時間を返上する勢いで氷を割り砕いて、どうにか午後を迎えることができた。

 あのちぎりとった毛の仕業だろうか……と、先生たちも想像しつつ申し出ても、かえってかわいそうなものを見る目で否定されてしまう。

 ただ、先生たちの「林」があの冷たい風を通じて、何かの氷を作るに適した環境だったのは確かなのだろう。

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