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根ざしたもの

 基本的な事柄。それは得てして分かりやすく、シンプルな部分だ。少し経験を積むと「なんでえ、こんな簡単なこと」と軽んじ始めることもままある。

 だが、そいつは相手に対して完璧以上に対応したいと思う、小手先の欲に駆られたものであることしばしばだ。多くの対戦を重ねて、自分の満足できる以上の結果を求めたら、一分の間違いもない方法が欲しくなる。

 不自然なまでの合致を目指すには、複雑な技巧が必要だ。ややもすれば思考そのものがこんがらかってしまうほどの。

 そうやって木々の枝葉の茂り方へ意識を向けてしまい、そのいずれもが、そもそも根っこ部分にあたる基礎なくして枝も葉もできない、という事実をおろそかにしてしまうわけだ。

 物事を支える基本の根は、張るのに時間がかかる。時間をかけて奥へ奥へ伸びていき、やがて盤石な姿を保つ力を持つ。ゆえに「奥義」と呼ばれるようになるのだろう。

 根や芽は早めに摘み取らないといけない。そう話されるのも、時間をかけた結果に「奥義」となって害をなす可能性をなくすためなのだろうな。

 みんなはどうだろう? 小さいころに放っておいて、あるいは逆に手を入れてしまったためにあとあと影響が出てしまったこととか、ないだろうか?

 先生は確たる証拠はないが、少しまずかったかな~と思っていることがある。そのときの話、聞いてみないか?


 そいつは冬休みが近づいてきた、12月ごろのことだ。

 その日は朝から用事があったのだけど、思っていたよりも早くに済んでね。家の近辺をぶらぶらまわりながら、適当なところでご飯でも食べようと思っていたんだ。

 その折に、とあるコンビニの裏手にある駐車場。そのすぐ横はフェンスをはさんですぐに細い道が走っているのだけど、フェンスの足元には未舗装の土がむき出しになっている部分がかすかにある。

 いつもなら白い砂利が敷かれているばかりのそこに、一本だけにょろりと頭を出すものがあったんだ。

 高さ10センチに満たず、細さも小指に劣るくらいでミミズが突き立っているかのような、薄いピンク色をしている。しかし、そいつは生き物のような動きを見せずに、じっとそこへたたずんでいたんだ。


 正体は分からないが、そのときの先生はこいつを少し、かわいそうだなと思った。

 まだ届いていないものの、こいつの背がもう少し伸びるとフェンスの下側へぶつかってしまう。つまり、その先フェンスをうまいこと回り込んだとしても、本来通りの成長とは言い難いだろう。

 もったいない。その心が、あのときの先生を無性に突き動かしてしまった。

 先生はそのひょろりと出た頭周辺の土を、そっとまあるくえぐった。土は砂利のあった部分も含めて思ったよりもやわらかくて、そいつの根っこごとプランターの型をとったかのごとく、きれいにとれた。

 そう、根があったんだよ、そいつには。地表に出ているミミズのような部分をずっと細くした根が、四方へ伸びていた。手でカバーしきれてしまうほどの狭い範囲だったけれどね。

 先生はそいつを道路を挟んで向こう側。用水路が流れる畑の一角に埋め直したんだ。

 ここであるなら、少なくとも背丈を遮ってきそうなものはいない。ひょっとしたら誰かや、何かに引っこ抜かれて処理されてしまうかもしれないが、そのときはそのときだ。

 あとはお前の生を生きろ……などと、やたら上から目線でその場を去った先生なのだけど。


 その晩から、先生の住む一帯では地震が頻発するようになった。

 寝ているとき、地震が来る前に目が覚めてしまう経験、みんなにもないか? あれはほんのわずかな揺れを身体が感じ取ったがために、本格的なものが来る前に反応してしまうのだとか。

 それが一晩のうちに、5回もあったとなればたいていの人が警戒するだろう。これが大地震の予兆だとしたら、やっかいなことになるだろうからだ。

 夜が明けてからも、しばしば微弱な揺れが起こるものの、それだけならまださほど気にせずに済む範疇だったが、根を移してから二日後の揺れは短いながらも棚に乗せたものたちが落ち、電灯の笠たちも震えるほどの大きなものが一日に3度あったんだ。

 先生たち、当時の子供たちには地震に対する注意が成されたものの、どうしたことか地域で大人たちが出回る人数が増えたような気がしたんだ。

 ジャージ姿の人のみならず、スーツ姿の人もちらほらと見られて、休憩時間を利用して動いているものと思われた。一様に、なにかを探すような動きを見せながら。


 まだ学校の授業が残っていた先生たちは校舎にいたが、掃除の時間に窓ふきを担当していたクラスメートが一番に気づいてね。先生たちも窓へ寄った。

 ここからでもかすかに見える火柱が立っていたんだよ。しかもその方向は、例の根を移したコンビニと畑のある方角だ。柱はものの十数秒程度でおさまってしまったが、放課後に先生たちは現場へ向かったよ。

 そこには、焼け野原となった畑の姿があった。用水路こそ無事だが、元あった土の色は焦げに覆われてしまい、黒ずんでいる。あのときにはそこかしこに顔をのぞかせていた緑もすっかり焼き尽くされてしまっていた。

 あの先生が移し替えた、ミミズらしき植物もだ。しかも気のせいでなければ、そいつを植えたあたりが火元らしく、より激しく焦げているように思えたんだ。それから地域の地震もぴたりと止んでしまったんだよ。

 あいつはいったい、何だったのだろうか。今も疑問に思う時がある。

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