表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3129/3156

犠牲の未来

 いまこの瞬間、どれほどの未来が犠牲になっているんだろう? つぶらやくんは、考えたことあるかい? おそらくこの世の資源なり命なりを学ぶ年頃だと、一度は似たようなことを想像すると思うのだけど。

 僕たちがひとつ選ぶたびに、ほかのものは選ばれない。選んだものがトントン拍子なうちはいいけれど、そいつが行き詰まり出すと「本当によかったのかなあ……」と不安がにょきにょき生えてくる。

 はっきりしなくても、誰かにぼやきやしぐさを悟られるだけでも、不安定なメンタルはかぎつけられるものだ。ほんとに自信があるときは、そいつをひとり占めして離すまいって空気がむんむん臭うし、ゆとりだっていっぱいある。遠目に見るだけでもわかるもんさ。

 けれど、自分でも後ろ向きなメンタルだな……と思うときがあったなら気をつけたほうがいいかもね。

 犠牲になる目がなくなるかもしれない、と思ったら何が働きかけてくるかわからない。どのようにささいなきっかけであってもね。

 僕のだいぶ前の話なのだけど、聞いてみないか?


 ほんと、それはささいなことだった。

 学校で頼まれごとをされて、それを引き受けたばかりに、いつも見ていた夕方のアニメ番組を見逃してしまったんだ。

 今の環境なら、再視聴するのだけは簡単だろう。けれども、その年齢で、その時に観るという機会は永遠に失われてしまったわけだ。たとえ、後になって観ることができても、そのときとまったく同じ状況、心持ちで臨むことはできまい。

 おかげさまで、番組から一時間遅れで家へ帰った僕は、徹頭徹尾不機嫌を貫いた。人のいる前では仏頂面のみだったものの、いざ部屋へ帰るや恨み言を吐いた吐いた。

 いつまでそんなことを言っているんだ、などというのは、個々人の重要さを知らない他人のセリフだ。自分が理解できない、あるいは見下しているものがしゃしゃり出てくるから、上から目線でいかにも正論という風に投げかけてくるから、たまったもんじゃない。

 嫌いに嫌いをぶつけたところで、プラスに転じるどころか大マイナス一直線。ひとりにしておいてほしいときっていうのは、このような場合なのだろう。


 振り返っても聞くに堪えない文句をつぶやき続けて、どれほどの時間が過ぎただろうか。

 敷きっぱなしの布団へうつ伏せになっていたから、おそらく眠ってもいたと思う。けれども一気に目覚めることができたのは、とある曲の最後のフレーズを聞いた気がしたからだ。

 それは例の見逃したアニメ番組のもの。それこそ、耳にタコができるほど聞いたから、他の似ている曲であろうと間違えることはあり得ない。

 ぱっと、目を開いた。

 部屋のテレビがついている。意識が途切れる前もつけっぱなしにしていたような記憶があるが、一方で普段の自分ならいつもの流れでリモコンを触り、消してしまったような気も……。

 判然としない覚えの中、テレビは「ご覧のスポンサーの提供で~」とどんどんスポンサー名を表示していく。その背後で、アニメのワンシーンがころころと動いていくのも、当時のアニメ番組ではよくある手法。


 ――間違いない。いつも見ているアニメだ。けれど、なぜこの時間に?


 すでに夕飯も食べてひと眠り……となれば、時間はゆうに19時はまわっているはずだ。

 テレビに時間表示はなく、このときはたまたま時計をそばに置いていなかった。しかし、時間を探ろうにもスポンサーの紹介が終わるや、ろくにCMの間を置かずに本編が始まってしまった。


 ――おいおい、特別版の入りじゃないか。


 このCMを入れずに本編パターンは、放送時間いっぱいまで番組をやるケースだ。やたら力が入っている回だとしばしばある。

 もし、奇跡的に夕方の再放送とかなら幸いだ。見逃してしまった穴を、完全にとはいえずとも埋めてくれるなら、いい。

 続きものじゃなく、一話完結ものであるというのも、また助かる。前回のことを思い出し、勝手に展開を期待するでもない。そしてこのアニメ、ギャグ調であるために平然と主人公をはじめ誰でもひどい目にあうときはあう。

 さあ、どんな展開を見せてくれるんだ……と期待した僕は、目を見張ることになる。


 落ちていく。

 映し出されたのは、真下に海が横たわる断崖絶壁のアングル。このアニメではよくあるシチュエーションかつ、バンクシーン。常連キャラだろうと、一話限りの登場だろうと、悪意に呑まれようが、善意で舗装されていようがたどりつく奈落のひとつで、お約束。

 でもそれは積み重ねがあってこそ。高いところから落ちなくては「オチ」にならない。

 それが、落ちていく。

 アニメの端役。最近に加わったものから順番に、こちらを恐れおののく表情いっぱいに見せながら、悲鳴をあげながら落ちていく。

 最初に二、三人は、むしろこの役回りを演じることのほうが多い立場だし、いわば出オチ的なものか? と笑っていたのだけど、それが主要人物へ移っていくにつれておさまっていく。


 みんな、かつてはこの断崖から落ちたことがあるし、そのカットの使いまわしであることは、このアニメフリークなら察しているはず。

 しかし話も何もなく、みんなが落ちていくばかりとは、いったい何なんだ?

 そう思っている間に、とうとう主人公まで悲鳴を上げながら海へ落ちていき……消えた。

 海に落ちて見えなくなった、という意味合いばかりじゃない。テレビの電源がいきなり落ちてしまってね。あわてて付け直しても、その時間に本来やっている番組ばかりが流れていたんだよ。

 次の日に、このことをアニメを知るみんなに話しても信じてくれなかったが、くだんのアニメ番組は製作側の突然の事情で、次回以降が放送されることなく打ち切りになってしまったんだ。

 僕もそこからしばらく、あのときみたのが何だったのか分からずにいたが、このネットワークの広まった今の世で、少し可能性が持ち上がったよ。


 幻の最終回。

 君も聞いたことないか? 有名なアニメたちの放送されていない最終回たちの話。誰もが知ってる存在なのに、誰も知らないその時間。

 かのアニメにも、一時期ネットで出回った。有志による再現VTRだというのは、まさにあのとき僕が見た、全キャラが落ちていくあのシーンだったんだ。

 今は規制も強まり、おそらくは上がっても片端から消されている。でも、僕が見たのは幻じゃあなかったんだ。

 あの番組が続いていたら? その「もしも」がああして犠牲になったことを、皆は示したかったのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ