こだわり扉
つぶらやくんは、今までに開けた扉の数を覚えているか?
いや済まない、どこかで見たようなセリフに酷似してしまったな。それだけ、世の中には数えることが及ばない機会が、たくさんあるというわけだ。
機械はそのような計算をするのに適した存在ではあるものの、いざそのようなデータを出されると、人によっては拒否反応が出る。
きっちりしたものではなく、感覚的なものを信じたいのか、あるいは単なる好き嫌いの問題なのか。言い訳が聞かない確かなデータでも、いざ提示されるのはイヤだという声はたびたび聞く。
その多くはカウントしなかったとしても大事になることはなくて、忘れ去られるのも仕方ないのだが、カウントしていたことで助かるケースもある。
ひとつ、いとこが住んでいるところで起こったというレアケース、聞いてみないか?
交通量調査をしている姿を、君は見たことがあるだろう。
道路の端などで椅子に座って、カチカチと手動式のカウンターを使って通る車の量を調べていくんだ。
運動量が少ないから楽な仕事と思うかもしれないが、あの手のどこかへとどまっている、というたぐいのもんは、なかなかきついぜ? 夏の熱さにも冬の寒さにも負けず、安定した仕事をしていくことが求められる。交代していくにしても、なかなかクルもんがあるぞ。
と、それを屋外で見るならまだしも、屋内で見かけるならちょいとおかしな現象だろう。
その日の教室の前に、用務員のおじさんが折り畳みの机の椅子を設置していて、カチカチとカウンターを回しながら、ときどき数を画板にはさんだ紙へ転記していくんだ。
いとこも、初見じゃその意図をはかりかねて、スルーした。
自分が教室に入った後もカウントは続き、授業が始まっても用務員のおじさんはそこで待機を続ける。
最初は教室に入る人数を数えているのかな、と思ったが違う。複数人がいっぺんに教室を出入りしても、カウントされるのは一回だけ。
どうやら教室ドアの開閉の回数を数えているようだった。
学校のドアも校舎の一部、備品といえば備品だろうし、消耗具合が気になるのだろうか、といとこは自己完結してツッコミはしなかったらしい。
用務員のおじさんは給食の時間になっても、午後の授業が始まっても、そこにとどまり続けていた。これまでになかったこの状況もちょっと面白いと思いかけていたのだけど。
問題は帰りの会が終わった後にやってきた。
あいさつが終わるとともに、勢いよく教室を出ていく生徒たちがちらほら。
そのドアの開閉が終わったとき、用務員のおじさんが「やめ!」と発声して、手をあげたんだ。それを受けた先生もまたみんなに「ストップ! 帰るのは待ってもらっていいか!」と声をかけてくる。
いとこやその他、奥まった生徒たちはその制止を受けてびくりと動きを止めるものの、すでにドアの近くまで来ていた生徒は止まりきれない。
前の人がいったん閉めたドアを勢いよく開き、そのまま廊下を走っていく。これまで不動を保っていた用務員のおじさんが立ち上がり、その後を追ったが出ていったのはとても足の速い子だ。果たして追いつけるかどうか。
「みんな、念のためにあの子を探すのを手伝ってくれないか? 先生は親御さんに連絡をしてくる」
なにやら、おおごと臭いぞとはいとこたちにも分かる。先生が教室を出るのに合わせ、残っていたいとこたちも校舎へ散っていく。
見つからない。
その子の靴は下駄箱に入ったままで、外に出ていないのは確か。だとしたら校舎内にいるはずなのだが、この何年も足を入れた面々が雁首そろえて、そこかしこを探したというのに手掛かりがない。
やがて電話を終えた先生も捜索に加わるが、用務員のおじさんとともに事情を話してくれる。
この校舎で10万回、扉が開閉されると不可解なことが起こりやすい。その直後に出入りした人に高確率で、だ。
10万とは、一日あたりの扉の開閉を考えたらどれほどの頻度か分かりづらい。しかも、必ず起こるのではなく、起こりやすいだから、具体的で絶対的な解決にはいまだ至らないでいるとか。
「さいわい、命にかかわったり怪我をしたりするケースはないのだが……ちょっと尊厳が壊されかねないものでね。注意をうながしているんだよ」
尊厳破壊? どういうこっちゃ?
そう思っているうちに、職員室方面から電話のなる音が。行方不明の子が、自宅の中へ突然現れたらしい。生まれたままの姿でもってだ。
う~む、と先生はうなる。
これまでのケースからも、衣服を奪われてその人物ゆかりの場所へ飛ばされることがほとんどなのだそうだ。
今回は自宅ゆえたいしたダメージにはならないだろうが、これが他の場所だと悲惨なことになる。原因はいまだ分からないが、服に相当執心する何者かがいるようだ、とね。




