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現世のヨモツへグイ

 スイカとビール、鰻と梅干、蟹と柿……こうしてみると、よくないとされる食べ合わせって、結構あるんだねえ。


 ――ん? スイカの食べ合わせの悪さといったら、天ぷらだろう?


 ああ、昔ながらのやつだとね。

 油っけと水っけの両方を詰め込むものだから、胃に負担がかかって腹が痛くなる、てところかなあ。

 僕のあげたスイカとビールは、水分と利尿作用の観点からかな。飲んだ分をどんどん出しちゃうものだから、その渇きをうるおそうとしてビールを飲みすぎ、したたかに酔っぱらって健康を損ないかねない……てところ。


 探してみると、ほかにも食べ合わせが悪いとされるものが出てくるけれど、昔ながらのものは保存状態の環境が、現在とは違ったっていうのを留意するべきかもね。

 冷蔵庫で年がら年中、冷やすことのできるこの時代に比べて、ものの傷みはより深刻な問題だ。旬が大きくずれたもの同士を食べるのがよくない、とされがちなのも、時期がずれているものはたいてい傷んでいて、腹を壊すってところから連想されるのかもね。

 しかし、中には特殊な食べ合わせが潜んでいるかもしれないな。なじんだ食べ物同士だからよく知られているし、注意がうながされる。ゆえにマイナーは落とし穴への第一歩……とね。

 以前に父親から聞いたことがある話なのだけど、耳に入れてみないか?


 ヨモツヘグイのことは、君も知っていよう。

 あの世の食べものを食べると、この世へ戻ることができない。食が命を支えるものであり、口から胃へ、やがては全身へまわって貢献するとなれば、食べ物に体を支配されるがごとき概念もわからなくもない。

 このヨモツヘグイ、たいていの話ではあの世なり異界なりに赴いたおりに問題となる。向こうのご飯を食べるといったら、向こうに行っている間だろうからね。

 しかし、この世にいながら、向こうのものを口にしてしまうケースもまれながら起こりうるんだ。


 父が小さいころに育った地元では、朝起きるとまず、鏡で自分の口内を確認する。

 虫歯、舌の様子などなど、お医者さまでも診ることがままあるが、一番に確かめるべきは口の奥にある口蓋垂、いわばのどちんこだな。

 そこが、真っ青になっていないかをチェックする。

 その色は、今風にいえばブルーハワイのかき氷シロップをじかにまぶしたのではないか、という鮮やかさらしい。

 それは寝ている間に、黄泉を食べてしまった証とのことだ。こいつが見られたのならば、その日一日は決められたもののみを食べて過ごすようにいわれる。学校で給食が出される場合でも、のどちんこを見せれば配慮をしてもらえる。

 この日、食べることが許されるのは水と薬味のみ。しょうが、ねぎ、にらなどといった、本来は少量で付け合わせそうなものを主食とし、お腹が減ればそれを山盛りにして詰め込む。

 食べてしまった黄泉を身体の外へ出すには、それが一番なのだという。きっちり効いたのならば、のどちんこからは青みが引き、元の色を取り戻すのだそうだ。


 ――水や薬味以外で、何か飲食が許されるものはないのか?


 う~ん、どうもこのあたりの判断は難しいようで。いわば、安全牌なのがそれらというわけなんだね。

 人によっては別のものを食べても平気だった、というのもあるけれど、他の人が同じものを食べてアウトだった、という場合もあるようだし……。


 アウトだとどうなるって?

 そりゃあ、ヨモツへグイだからね。黄泉の国へさようならだよ。すなわち死。

 アナフィラキシ―ショックのような症状を見せることもあれば、それこそ突然にその場で倒れてそれっきり……ということもあるらしい。

 天寿を全うするまで、一度もこの黄泉を食べる現象に出くわさずに済んだ人のケースもちらほらあり、その原因もいまだ分かっていない。今のところは運によるもの、と思うしかない。

 そして、父さんも一度だけ、黄泉を食べてしまった経験があったそうだ。


 冬の寒い日のことだった。

 自分ののどちんこが青ざめている様を見た父さんは、祖母から刻んだ山盛りねぎを食べさせられたのを皮切りに、育ち盛りの食べ盛りの身体でもって、水と薬味攻勢によく耐えたそうだ。

 けれども、大事をとって学校を休んで、ほぼ寝て過ごしていた午後のこと。

 急激に詰まった鼻の状態に押されるがまま、口へ回ってきた鼻水をつい、ごっくりと飲み込んでしまったらしいんだ。水と薬味しか立ち入ることを許されないはずの胃へ、自らの防衛本能が生み出した体液が注ぎ込まれた。


 直後に、お父さんは吐いた。

 吐しゃ物といっても、いわゆるゲロではない。水だ。

 お父さんは自分の身体から、がばがばと水を吐き出し、床をどんどんと濡らしていく。

 ひたすらに吐き出すばかりで、まともに息を吸うことができない。これはまずいと、水を家のあちらこちらにぶちまけながら、ようやく祖母を見つけ出す。

 すでにお父さんはどこかのオブジェのごとく、口や鼻や耳から勢いよく水を噴き出しており、会話ができる状況ではなかったという。けれどもその顔面は真っ赤で苦悶にあえいでいるのは一目瞭然。


 祖母の判断は早く、近くのザルに乗せていた長ネギを手に持ち、手ぶりで父へ背中を向けるよううながした。

 そうして父のズボンとパンツを脱がすと、尻の穴目がけて長ネギを突きさしたのだそうだ。

 吐き出し続けていた水がぴたりと止み、お父さんはやっと「が……」と声になるうめきを漏らすことができ、すんでのところで窒息は免れたらしかった。

 あまりに威勢が良かったものだから、肛門がやや裂けて血が出るほどだったが、のどちんこの青さもまた、すっかり退いてしまったという。

 尻にネギとは民間療法として伝わりながら、その効果を怪しむ者も多い。

 無理もなかった。それはこうして食べてしまった黄泉の、ヨモツへグイを食い止める極端な場合でのみ、てきめんの効果を見せるのだから。

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