はるかな高楼
つぶらやくんは「強弱」の区別はどのような点だと思う?
量、長さ、大きさ……これらが豊富にあればあるほど、おおむね強いとみなされるだろう。
弱いとはその逆で、ゆとりがない。それ単体でようやくこなせるようなことも、強いものなら片手間でできるかもしれない。大は小を兼ねるっていうか、ゆとりがあればあるほど多くのことができて、評価の機会に恵まれる。
かといって、弱いイコール不要かというと、そうとも限らない。
少数で、珍しいケースであっても、その場合においては大では及びもつかない役割を果たすことができる。ほんとに要らないものなら、歴史の流れの中でとっくに消えているはずだしね。
最近、その弱いものに関する昔話を聞く機会があってさ。耳に入れてみないかい?
むかしむかし。
あるところで、神隠しに遭う人が急増していた。
老若男女を問わず、村や集落といった大勢が集う場所では起こらず、それらの間での移動中に行方知れずになってしまう。
しかし、ただ唐突にいなくなるばかりじゃない。彼らがいなくなる前には、決まってかなたに高楼の姿が見える。普段はそのようなものがないのに、誰かがいなくなるときに限ってだ。
何重もの井桁状に組まれたその影は見張り台のごとき様相で、およそ誰かが住まうのに適した建物と思わない。その実態を探ろうとしたものが、見える高楼へ近寄ろうとしてみるも、野を越え山を越えても、いっこうにたどり着ける気配なし。
高楼は少しも大きくなることなくたたずみ、気が付いたときには何も見えなくなっている。それに遅れて、行方不明者の報せが耳に入るわけだ。
蜃気楼、と今であれば判断するだろう。
当時の人々にはすでに同じような概念があったとされるも、ああして見える高楼が実在のものと考えられていた。
幻と思しきあの建物へ立ち入れるのは、招かれた者のみ。すなわち、これから神隠しに遭わんとしているものが、あそこへ連れていかれるものだと考えられるようになったそうだ。
しかし、このところ頻繁に起こり過ぎること。これまで、このようなことはほとんどなかったことから、あれの正体をいぶかしく思うものもいたらしく、どうにか真偽を確かめたいという希望もちらほらと出てきた。
村のまじない師は話す。
「あれがいかなるものなのか、砂に立ててみるとしよう。根までしっかりしていれば、揺らぐことはなく、我らに歯が立たないものであろう。が、揺らぐようであるならば……」
そうして、まじない師はひとつの鋳型を用意した。
祭儀のときに用いる、銅剣をこしらえるときの型であり、本来ならばしかるべき手順を踏んで扱われるもの。
しかしまじない師は、鋳型全体を軽く火であぶったあとに、そのくぼみとなるところへ次々とあるものを放り込んでいく。
砂だ。近辺の土くれたち、それを砕いて細かくしたものを鋳型へ詰めていくのだ。
当然、形づくられる剣は砂製のもの。およそ衝撃に耐えられそうなものではない。それでもまじない師は、砂の形を整えるためと思しき、ツボに入った液体をまぶしたのち、型から砂剣を取り出した。
「これでもって、かの楼閣のあらわれを待たん」
砂の剣をこしらえてから、数日後。
朝早くより、村より見えるかなたへ楼閣は再び姿を見せた。人がいなくなる予兆だと、皆は恐れおののいたが、そこにあってまじない師が例の砂の剣を携えて、楼閣に向かって進み出る。
砂剣を水平に構えるまじない師。その背後にいたものは、剣があの楼閣の足元へそえられる形で傾けられているのを、見て取ることができたという。
すると、どうだろう。
楼閣は溶けた金物のようにぐにゃりとその身を折り曲げたかと思うと、なかばからちぎれ、崩れていく。
「見ての通り。かの楼閣は楼閣にあらず。おそらくは『みずち』のごときが見せしもの。これ、おのおのは弓矢を持ちて河へ集え」
みずち、といえば水に住まうとされる神か、それに類する眷属のひとつとされていた。
村の皆はまじない師の指示に従い、この近辺で一番大きな河の岸へ集う。その手に弓矢を持って。そうしてめいめいがまじない師の砂の剣へ矢じりを次々に刺して、砂をなじませると、合図とともに川目がけて矢が放たれていった。
ほどなくすると、やや白く濁り気味だった水面に、どす黒い霧のような汚れがにじんでくる。勢いは激しく、村人たちがそこから見渡すことができる一帯が汚れきってしまうと、ぷかりぷかりと浮かんでくるものが。
それは大半が肉や骨の破片であったのだが、それ以外に浮かぶ品々を見て、驚きと悲しみの声をあげる者がそこかしこで出てきた。
いずれも行方知れずになっていたものの家族。その品は当人たちが持っていたものであったんだ。
河そのものの変色がすっかり落ちきってしまうと、それらは可能な限り回収されて丁重にとむらわれたという。そうしてあのかなたの楼閣が姿を見せるとこは、ぱたりとなくなったのだとか。
人同士の争いであれば、おそらくは役に立たなかったであろう砂の剣も、ここにおいては事態をおさめるに一番の武器であったとのことだ。




