まがつ風の柄
あ、先輩、執筆がひと段落しましたか? お疲れ様です。
……て、これ私が教えた「風なじみ」の話じゃないですか? いや~、仕事が早いというか、こうも文にされるというと照れるというか、恥ずかしいものですね、いやはや。
ん、何か用事があったんじゃないかって?
そうそう、風なじみに関しての補足です。あれから本家にまた行く機会がありましてね。風なじみについてもう少しつっこんだことを尋ねてみたんです。先輩の取材熱にあてられましたかね?
本家に置いてある刀は、床の間に置いておき、決まったときに定期的に準備を整え、風なじみを行う……とは話しましたよね? でも、間を置かずにずっと風にさらしたほうが効果が強まりそうな気もしませんか?
でも、それをやらない理由というのが、存在したんですね。その話、聞いてみませんか?
むかしむかし。
本家がおこって、間もないころのこと。風なじみに関しての知識が定着し始めたころ、家からひとりの娘が嫁入りすることになりました。
彼女は本家の中でも指折りの剣の達人で、例のやましい風と対するときは、ほぼ彼女が刀をとることが多かったそうなのです。当時は戦もしばしばありまして、男手が家を空けてしまうケースもままありましたからね。家を守る女房達や娘たちが引き受けることもあったのです。
その彼女が嫁入りするにあたり、当主は風なじみに使う太刀の一本を彼女に授けたそうです。今ではこのようなことは行われませんが、家と家同士のつながりというのは、当時かなり重要視されていたそうで。互いの家のしきたり、ならわしを尊重する「向き」があったとのことです。
しかし、そうして刀が別の家へ渡り、しばらくしてから考えることがあったのです。
もし、この風なじみを普段から行っていたら、どうなるのであろうかと。
本家へ尋ねてみても、詳しいことは教えてもらえません。というのも、本家がおこるより前から風なじみの作法は守るべきこととして頑なに伝わっており、皆は曲げることを許されないのが当たり前のこととしてきたそうです。
おそらく、彼女はそれを疑問に思える女性だったのですね。本来は2~3か月にいっぺんのところを毎日抜いては、風なじみを行うようにしていたようです。風が吹くたびに、例の刀を抜いてそこへ刃が当たるようにしましてね。
もとより、要領もよかった彼女ですから、女房としての仕事も完璧にこなしながら刀のお世話も欠かさずに行っていたのだとか。
その結果らしきものが出たのは、半年後以降の話になります。
彼女はいつものように掲げる刀が、少しずつ短くなっているのを感じたのだとか。実際、測ってみると家から預けられた当初より三寸(およそ10センチ)ほど縮んでいたそうなんですね。
手入れは欠かしていませんし、いくらか研ぐこともしましたが、こうも極端な削れ方が見られることはあるでしょうか。刀身の太さではなく、長さそのものが縮んでいるのですからね。
それに気づいた数日後。彼女の住む近辺のお地蔵さんの首が次々と斬られる、という事件が起こります。
最初の発見者は、石合戦をしていた子供たちだったといいます。彼らの投げた石のひとつが、たまたま合戦場すみに立っていたお地蔵さんに当たってしまい、その際にぽろりと首が取れてしまったとか。
ぶつかるまで、きれいに頭は乗っかっていましたから、事前に誰も気づかなかったようです。その断面は凹凸のないツルりとしてもので、切れ味鋭い刃物ですっぱりと断たれたもののよう。
そこには一部の迷いもなく、相当な手練れのものの犯行と思われました。子供たちの石でもげたのならば、こうもきれいにいくわけがないと。
このことがあり、もしやと村中のお地蔵さんがあらためられたとこと、実に8割がすでに首を斬られたうえで、頭を乗せられたものだということが発覚。
ならば残りの2割もやられるのでは、と犯人を突き止めようと村人たちは交代でお地蔵さんを見張ったそうですが……狙いを食い止めることは、なかなかできませんでした。
前触れなく現れる犯人は、お地蔵さんの首をひとつひとつ落としていきます。その狙われたお地蔵さんの見張りをしていた人の首も、一緒にです。
目撃談は持ち帰られないまま、怖じる人が続出して、いよいよお地蔵さんすべてが斬られるのも時間の問題になりますが、変わらぬ見張りをし続ける人がいました。
お嫁にいった、本家の彼女です。
子供たちがお地蔵さんの首がもげているのを報せるより前に、彼女はあのけたたましい風鈴のごとき音を耳にしていたのです。本家で聞くことのあったものと同じですね。嫁ぐ際に、本家に伝わるつくりをもった家を作ってもらっていたそうです。
彼女は嫁いだ家の一員として、そちらの家の家宝の刀を持って、村のお地蔵さんたちを見張り続け、最後のひとりになっても続けていたそうです。
夜から張り込み続け、夜明けとともに家へ帰る彼女ですが、その日は陽が完全に姿を見せても帰ることはなく。皆が駆け付けたところ、彼女が張っている予定のお地蔵さんの脇で倒れていたそうです。
彼女は首を斬られていましたが、そこまで深くはなく、手当てを受けて話すことはできたそうです。そして、彼女のそばには砕けた柄が転がっていました。
それは本家より持ち出した刀の柄であったのです。彼女の話によると、夜半にこの柄のみの姿で、闇の中よりお地蔵さんへ向かって、ゆったり、ゆったりと人が歩くように、空中を上下させながら近づいてきたそうです。
彼女は怖じることなく、駆け寄って抜き打ちに柄を切り捨てましたが、その柄も斬られる直前に、ヒュっと曲がったそうです。まるで刀を振るう時のように。
手ごたえと同時に、首へ熱いものが走り、「ああ、斬られた……」という実感のまま、意識が遠のいて、皆に起こされるまで倒れていたとか。
残念ながら、彼女は傷がもとで数か月後にこの世を去ってしまいます。
しかし、風なじみの度が過ぎるとこのような奇怪なことが起こりうるということは、本家に伝わることになり、間を開けることが推奨されるようになったそうですよ。