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店内魔法

 ふー、久々にバイキングの食べ放題というのも、いいもんだねえ。

 若い時に比べてめいっぱい食べるのは難しくなってきたが、いろいろなものを口にできる機会は限られているからね。

 やはり食べるだけというのはいい。自分だけですべてやるには準備、片づけにまで気を回さないといけないから。これらをほっぽり出せるときたら、家事を普段任されている人も外で食べたくなってこよう。

 そしてこれは、また貴重な機会であることは食べる当人ばかりじゃない。まわりにいる面々についても、大事なときかもしれないな。

 ひとつ、友達から聞いた話なのだけど、耳に入れてみないかい?


 友達は家の近くに洋食の食べ放題の店があり、ひいきにしているという。

 そのときは、たまたま平日の決まった時間帯に半額バイキングができるというサービス期間。平時の仕事のランチタイムとしてとるには遅い時間だったようだが、友達はちょっと休みが変則的な仕事についていてね。くだんの時間帯での利用も、少し工夫したなら難しくなかったという。

 平日ということもあり、中はさほど混んではいなかった。ひとりに向いた隅のカウンター席へ案内される。店員さんに利用方法を説明されそうになるも、断った。すでにシステムになじんていたからだ。


 バイキングのとき、君はどのように食べ物をとるのが好きかな?

 ひとまず、食べられるだけ持ってきてテーブルに並べる派だったりする? 今回の君はそんな感じだったねえ。

 売り切れが見える品たちを、早めに確保していくという戦術面では悪くない。だが、もしたくさん食べようと思っているなら、良いともいえない。

 ものがたくさん並ぶと、脳はそれだけで満腹信号を発し始めてしまうんだ。大食いのコツのひとつは、満腹信号が身体へ回りきる前に胃袋へ食べ物を叩きこむこと。すでに出だしから自分にセーブをかけるような真似は、フードファイターにとって望ましくないわけだ。

 もっとも、ダイエットをしたいという人には有効かもしれないけれどね。いかに体重を減らしたいとはいえ、過度の我慢は身体に毒だ。わきまえた取り組みをするべきだろうね。


 と、話がそれたかな。

 友達は一品ずつ物を持ってくるタチで、最初は野菜を持ってくる。べジファーストというものにはまっていて、最初に食物繊維をとることで血糖値の上がりを緩やかにする効果を期待しているのだとか。

 ワカメににんじん、ブロッコリーにポテトサラダなど、積めるだけのものは積んできたが、外せないのはプチトマトだという。

 小さく緑のヘタのついた赤い実。それをしょっぱなに食すことが、友達にとってのならわし? のようなものらしい。一緒に食べに行くときも、プチトマトがないときは普通のトマトで妥協もするが、やはり劣るとか。

 そっとトマトをつかみ上げて、いつも通りに口に運ぼうとするのだが。


 舌へ触れたとたん、つるりんとプチトマトが逃げたのだという。

 めったにない。ヘタをつかんでいる以上は、多少の圧がかかろうと抗うすべなく、口内へ導かれるものなんだ。

 それが、今回はヘタを離れる際に、さほどの手ごたえもなく果肉そのものが分離した。まるで磁石かなにかで簡易的にとめていたものが、外れたかのようだったという。

 そして、トマトが皿へ転がった瞬間。友達は顔の右半面に光を受けたそうなんだ。

 ほんの一瞬だったが、それはカメラが焚くフラッシュとよく似ていたとのこと。


 ――誰かに、撮られた?


 さっと、光を浴びたほうへ顔を向ける。

 店の奥のソファ席まで見渡すと、いくらかのテーブルで食事しているお客の姿が。しかし、撮影しているならば、カメラをしまうような怪しい動作を見せていそうなもの。ほぼ反射的に友達は動いていたからだ。

 しかし、彼らは誰一人として友達のほうを見やることなく、それぞれの食事へ集中していたのだそうだ。

 首をかしげつつも、皿へ目を戻して友達はまたまなこを見開いた。

 確かに皿へ落ちたはずのトマトが、きれいさっぱり消えていたのだから。


 テーブルの下や近辺を見ても、トマトが転がっている気配がない。

 それから友達は食事を続けたものの、しばしば手やスプーン、フォークなどでしっかりとらえていたものが、ふとした拍子にすっぽ抜けることが多発した。

 そしてその際、視界の隅でフラッシュが焚かれる。先ほど光を受けたばかりのところじゃなく、ほぼ四方。いろいろなところから光を受けたのだそうだ。

 無視するには強力すぎて、つい顔をそちらへ向けてしまう。そうして目線を戻したときには、そのこぼした料理たちの姿がなくなっていたのだとか。


 さすがに気味悪くて、早めに店を出た友達。

 それからしばらくして、おそるおそるもう一度お店へ行ってみたのだそうだ。

 お店は内装を一新したらしく、壁や天井がきれいなものへ置き換わっており、食べ物を模した立体ポップが掲げられていたものの……友達は首をかしげてしまう。

 そのうちのひとつのプチトマトが、ヘタのないものだったそうだ。他にもカレーやピザといった、友達が消失を経験した食べ物たちが散りばめられていた。乗っている具からして、あのときのものに相違ないと。

 そして、その料理を楽しそうに囲む親子連れのポップもあったが、友達はいよいよそれを見て顔をひきつらせた。

 最初にフラッシュが焚かれたとき、見やった店の奥。そこにいた家族連れの面々にそっくりだったからだ。

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