輝きの雨 (童話/★★)
雨の日って、なんだか気分が悶々としませんか、つぶらや先輩?
本を読んで、ゲームをして、好きなものを食べられるなら十分だ?
先輩、小説書く時以外、無駄にハイテンションで騒がしいですしね。芸人魂という奴ですか? 楽しそうでうらやましいですよ。
そういうアホなやりとりが、コントを書く時のネタになるんだ。それを無駄と言っているうちは、お前はまだまだだ?
へいへい、構いませんよ。私は先輩みたいな変人になりたくないですし。
人生達観した、バーのマスターみたいな人より、目の前の人を全力で守れる存在になりたい。そのためには、清く正しく生きないと。
ん、何です。
「臭い、臭いぞ、青臭い」とでも言いたげな目ですね。
別にいいでしょうが。品行方正に憧れることの何がいけないんです?
もう、つぶらや先輩とは驚くほど意見が合わないな。なんでこんな人を、先輩呼ばわりしているんだろう。自分で自分の理解に苦しむ。
ちょうど雨が降っているし、雨水で先輩のどす黒い腹の中を、きれいに洗ったらどうです? 酸とアルカリの中和も取れて、いいんじゃないですか?
面白い話をしたら、考えてやる? そうくると思いましたよ。
じゃあ、雨にまつわる昔話といきましょうか。
むかしむかし、あるところに小さな村がありました。
木を採り、畑を耕し、川で洗濯をする、ごくありふれた生活を送っていたそうです。
しかし、この村には一つの言い伝えがありました。
三百年に一度。鬼どもがこの村に食料を求めて、やってくる。
でも、恐れることはありません。鬼どもが近づく時、村には何かしらの「兆し」が見えるというのです。
以前は、闇そのものが村を覆い、普段より三倍も長い夜の時間と引き換えに、夜目がきかない鬼どもは去っていったそうです。夜を恐れて、村の外に逃げ出した者は、二度と戻ってこなかったといいます。
兆しを逃さず、正しい判断ができれば、鬼に怯えることはない。
長く続いた夜に対する恐れを、胸の中に抱きつつ、人々は表向き、静かな生活を営んでおりました。
ある日、この山間の村に、珍しい雨が降りました。
ここは高い山に辺りを囲まれています。水を含んだ風は、山にぶつかって雲となり、雨を降らせる。
そして山を下りてくる頃には、乾いた風となっているので、雨になかなか遭遇しないのです。
久々の雨は、ほんのりと金色に輝いておりました。
子供たちは大はしゃぎ。自ら雨に当たりに、外へ飛び出しました。中には服を脱ぎ捨てて、裸になる子もいる始末。
大人たちはその様子を、あるいは微笑ましく、あるいは疎ましく見守りながら、家の中で身体を洗うためのお湯を用意していたようです。
雨はおよそ三日間続きました。子供たちは雨の中でも元気に遊びまわります。大人はその後の面倒を思い、ため息をつくばかり。
そして、人々はこの雨水をそれぞれの家で溜めておりました。過去に、土砂が崩れたためなのか、川の水が流れなくなってしまったことが何度かあり、苦しい目に遭ったからです。
この雨を、いざという時の備えとする。人々が暮らしの中で培った、習慣の一つだったのです。
雨が止んだ翌日、村に異変が起こりました。
大人たちが目を覚ました時、子供たちの姿が見えません。代わりに我が子が寝ていた布団で、小さな虎が眠っているではありませんか。
あまりの出来事に理解が及ばず、大人たちは家の外へと出ます。
濃い霧が村を覆っておりました。服すらも濡らすほどの、冷たい霧が。
ほどなく、村の外れから悲鳴が響きました。大人たちは、声のした方へと駆け出します。
無残な光景でした。
村一番の豪傑で、虎を生け捕りにしたことのある猛者。
それが、彼の倍はあろうかという体躯を持つ、全身を青く染め、頭から角を生やした鬼どもに群がられて、貪り食われている様でした。
鬼の一匹が、大人たちの方を振り返ります。欲望をたたえる金色の瞳が、自分たちの身体を射抜きました。
喰われる。逃げろ。
魂の根っこから何かが叫び、大人たちは逃げ出します。立ち向かうなどもってのほか、と生まれる前から受け継いだものが、鐘を鳴らしていました。
霧に包まれた村の外に出ようとした者もいましたが、どうしたことか、同じ場所に戻ってきてしまうのです。そこを鬼どもに見つかった者は、あっけなく餌食となっていきました。
逃げ場のない、霧の村で逃げ惑う人々。そこかしこで、断末魔がこだまします。
いまだ生き残っている人々は、必死に逃げながらも、頭を巡らせました。
ちらりちらりと、視界の端に捉える鬼どもは、物影や家の中も丹念に探しており、隠れることは、死を待ち望むに等しいことでありました。
しかし、人の身は永遠に動くことを許されません。大人の一人が疲れから、雨水を溜め込んだ水瓶につまづいて転んでしまい、全身に雨水を浴びたのです。
すると、どうでしょう。
輝きを帯びた雨水に浸った彼の姿は、たちまち寝ころんだ熊に姿を変えました。
ほどなく、追いついた鬼どもですが、無防備なはずの熊には手を出しません。それどころか見向きもしません。あたかも視界に入っていないかのように。
これを見た大人たちは、各々が貯めた雨水を次々にかぶっていきました。その姿は様々な動物たちへと姿を変えていきます。
しかし、その身体は思うように動かせず、声も動物のそれ。
「なりそこない」の者たちの叫びがすっかり途絶えてしまうまで、霧が晴れなかったそうです。
霧が晴れた翌日。
村の人は次々に元の姿へと戻っていきました。
輝きの雨と名付けられたその雨は、三百年に一度の奇跡として、ひっそりと伝わっていったのだとか。
ただ、その村では時々、人同士からとは思えない、異形の子供が産まれて、川に流されることが多かったという話です。
どっとはらい。




