風なじみ
先輩は武器の中だとどのようなものが好みですか?
みんなに聞いてみると、剣がかなり上位に来ますね。槍、斧、弓、鞭などなど、ちらほらと他のものも出ますが、剣を上回る印象はなかなか出てきません。
他の槍たちは、日常でも使い道がいろいろ見いだせるし、その日常の道具から武具に派生した側面もありますが、剣はほぼ戦闘専用の道具ですからね。日常で刃物を使う用事でしたら、より短いナイフなどが取りまわし良いでしょうし。
戦いのとき以外ではさほど姿を見せず、いざ出番が来れば華のある活躍をする。そのとがった特徴こそが、印象に残りやすいのかもしれません。
しかし、その刃が振るい、吸い取るものは何も血ばかりとも限りません。戦闘ではなく儀式用に用意される刀剣の場合などですね。彼らの使い道もまた、よく知られたものからマイナーなものまで、いろいろあるそうなんです。
ちょっと前の私の話なんですが、耳に入れてみませんか?
私の一族はとある血筋の分家にあたるようでして。ときどき本家へ顔を出すことがあるんです。
その際、床の間に飾ってある刀を拝む時間が設けられます。一族へ代々伝わる曲刀で朱塗りの鞘におさまっていて、本家の血を継ぐものは定期的に祈りを捧げるようにいわれてきました。
本家以外の人間は触れることを許されないその刀は、聞いたところによると刃引きされている儀式用のもの。特別な許可を得たうえで家に置かれているのだとか。そして今も、その儀式が執り行われるケースがあるとのことです。
ここからは本家にあたる、私のいとこが話してくれたことをお伝えしましょう。
いとこいわく、二から三か月に一度、この刀には特別な風を吸わせなくてはいけないならわしがあるとのこと。本家では「風なじみ」と呼び伝えられているそうです。
前に風を吸わせてから60日から90日の間で、風の強い日があればその日。はっきり強いと判断できずとも、わずかに風がそよぐ日であれば、それでも構わないとのこと。
風が家の戸を揺らしたと感じたら、そのときに本家にいる者が、くだんの曲刀を手に取って外へ。風の吹いて来るほうへ合わせて、本来ならば刃のある面を向けて構えているべきらしいんです。
風に向かって、立てる刀。風が吹きやむといったんおろしますが、また吹き始めたらそちらの方角へ向き直っては、刀を立てる……これを2時間ほど続けるのだそうです。
ひとりが疲れたら交代してもかまいませんが、本家に連なる者以外が持つのはよしとされません。そのため、どうしても続けられないという場合は中断することになりますが、10日以内にあらためて「風なじみ」を行わなくてはなりません。残っている時間分ですね。
この風なじみを行う理由として、曲刀そのものの切れ味を損なわないようにするためだとか。
刃引きしているわけですから、もちろん生き物のたぐいを切ることを想定しているわけじゃありません。風になじませるのも、風を切るために必要となるんです。
風の中にはよこしまな性質を持つものもあり、それらを風なじみさせた刀で切り払うことによって邪気をはらい、害のない風へ戻していく役目を例の刀は帯びているのだとか。そのため本家の人間は最低限でも剣の握り方や振り方は習うようにしています。
いとこが話してくれた、最近のよこしまな風について話しましょう。
本家の皆が住まうお屋敷は少し特殊な細工がしてありまして、この風が吹くとチリンチリンと鈴の音がします。風鈴の用意などしていなくてもですね。
私たちも、たまたま居合わせたことがありますよ。弱い吹き始めから、じょじょに強さを増していく……なんて、悠長な展開にはなりません。
あの騒音は、昔の黒電話さながらですね。それが家じゅうにいくつも設置されていて、一斉になり出したかのような風情です。
布団をかぶって丸まったところで、無視するのはとても難しい。不愉快のかたまりですね。そうでもないと警告の意味がないのですけれど。
ちょうど、このときは本家には伯父さんがいましてね。すぐ立ち上がって床の間に向かい、例の刀をとってきまして。私たちに「外へ出ずに待っているように」と家を出て行ってしまったんです。
私たちは言いつけを守りながらも、二階へのぼって窓から外の様子をうかがいました。
おじさんがちょうど、玄関から外への門扉へ通じる中庭に立ち、刀を抜くところでした。その間も、私たちの耳にはひっきりなしの鈴の音が叩きこまれています。
おじさんは、すっと上段に刀を構えました。そして、ふっと一気に切り下します。
窓は閉め切っていました。本来なら、刀を振った音など聞こえようもありません。けれども、私は耳におじさんの動きに合わせて発せられた、素振りの音を聞いたのです。
先にも話したような、鈴の音の充満した屋内。それをいっぺんに断ち切り、静寂を取り戻しましたが、ほんのわずかな間だけ。音はまたしても、耳を塞ぎたくなるほどに鳴り響くのです。
あれから、何度おじさんは庭で刀を振るったでしょうか。そのたび、家の中の鈴の音は断たれ、また響き出すのですが、その勢いが徐々に弱まっていくんです。
そうして鈴の音がぴたりと止むと、おじさんもぴたりと刀を振るうのを止め、納刀して家へ戻ってきます。まるで外にいるおじさんにも、この音が聞こえていたかのよう。
そうして刀に一通りのお手入れをした後、また床の間へ戻して、次の風なじみを待つのだとか。




