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無敵のいかずちトマト

 無敵。

 いかにも強力で、誰もが一度はあこがれる状態のひとつといえよう。だが、実際に敵がいない状態とはどのようなものだろう。

 ゲームなどにおけるアイテムで成り立つ無敵は、足場踏み外しの落下といった問答無用のミスをのぞけば、あらゆる相手の攻撃を受け付けない状態を指す。敵とは自分を積極的に害しうる何かについてで、自分のミスから起こるスーサイドは敵とみなさない、といえるだろう。

 害するものをなくす、受け付けない。生を受けて、それを守ろうと考えるならば、しばしば考えなくてはならないものだ。その中には、これまで脅威であったものを脅威でなくする、というのもひとつの「無敵」のありかたといえるかもしれない。

 最近、友達から聞いた不思議な話なのだけど、聞いてみないか?


 友達の住むあたりだと、トマトを作っている家が多いのだそうだ。

 本格的な菜園を持つ家から、小規模なガーデニングにいたる家まで。友達の家も例年トマトとプチトマトを育てているらしい。

 これらトマトは食べる目的以外に、一種のお守りとしての機能も持つありがたいものなのだそうだ。地元の人々は「いかずちトマト」と称しているという。

 このいかずちトマトは、トマト生育の過程において通常の手はずにくわえて、雷雨のような荒天時に行うことが関係している。

 トマトを育てている者が、すぐに世話をできる位置にいるタイミングで雷が聞こえてきた場合。環境に応じてトマトへ必要な処置を施したのちに、次のようなことを付け加えるのだという。


 まず、お線香を焚く。

 家に仏壇があればその香炉に、なければ線香を立てても問題な場所を用意して、そこに立てる。香りを部屋の中へ充満させることが第一だからだ。

 次に「おこし」を食べる。浅草の雷門の雷おこしに関しては、君もしっていよう。あのように米を餅のようにし、いろいろと加工して作る和菓子の一種だ。「おこし」そのものの歴史は古く、奈良時代あたりに大陸から伝わってきた菓子に端を発するという。

 おこしを作るのは、この地域でも行っていたわけだ。これもまた雷おこし……いや、名前がかぶっては申し訳ない。「いかずちおこし」としておこうか。

 各家には、このいかずちおこしが常にストックされており、線香の匂いが満ちる中でそれを食べるんだ。特に水あめが聞いているらしく、辛党であれば舌が相当しんどい思いをするらしい。齢をとってからもつらい。

 そして最後に。

 雷のなり続けている空へ向けて、お経を唱えるんだ。これはオリジナルのものによく似ているものの、ところどころ地元の地名やご先祖様の名前が混じる、独自の派生を遂げたしろものらしい。

 雷が鳴り響き、天気が荒れている間はこのお経を唱え続けることを望まれる。途中に休憩をはさむこともできなくもないが、あまり時間を空けないほうが良いようだ。


 これらの過程を経ると、いかずちトマトへ向けてトマトたちが舵をきれるのだという。

 人それぞれに個人差があるように、トマトたちも確実にいかずちトマトになることができるわけじゃない。この一度でなることもできれば、摘果されるその瞬間まで普通のトマトの領域を越えることのできないものもあるわけだ。

 しかし、いかずちトマトとなれたのなら、まさに無敵な力を得られるとされる。

 先に話したね? 無敵とは自分からのスーサイド、自殺をはからない限りは外からの攻撃を受け付けなくなると。

 さすがのいかずちトマトも、水不足ばかりはどうにもならず枯れてしまう。しかし、実をならせるまでの宿命をねじまげんとする外敵たちに関しては、遠慮ない力を発揮できるんだ。

 代表的なものは、虫害だな。


 トマトを含めた種々の作物の害虫として、よく知られるのがタバコガの幼虫。

 こいつは茎や果実の中へもぐりこんで中身を傷ませる厄介なもので、小さいものなら小指が入りそうな穴ひとつだが、大きいものなら表皮から中身に至るまで、えぐるような軌跡を残す。

 そうして茎から茎、実から実へ移っていき、人が手間暇かけた成果物を横取りしていく腹立たしい存在だ。しかし、いかずちトマトと化したならば、そいつらをものともしない。

 いかずちトマトにも等級があり、上等と下等が存在するという。

 下等であったならば、そいつらはトマトの近くで炭となって発見される。黒焦げの姿は新鮮な焼死体となって、死してなお不快を周囲へまき散らすだろう。

 上等であったならば、そいつらはトマトの近くで糖となって発見される。生きていた姿のまま即身仏となって、死して更に他のものたちの糧となるだろう。

 それはちょうど、皆が口にした「おこし」のごとくだ。昔の人々はそれらの糖と化した体を打ち砕いて、甘い菓子のひとつとして食したこともあるという。


 ただし、ときに上等を超えた、超上等のいかずちトマトが生まれてしまうことがある。

 そいつを摘果しようとしたところ、摘もうとした当人がトマトへ触れるや、ぴたりと動きを止めてしまったんだ。倒れることない直立不動で、そばにいたものがおそるおそる近づくと、あの害虫たちと同じ。

 糖のかたまりになってしまっていたんだ。結局、そのいかずちトマトは人すら受け付けぬ無敵となって、火を放っても、銃で撃ちぬこうとしても、それらを受けて平然としていたらしい。

 やむなく、水を徹底的に断って、自然に腐らせるよりなくなってしまったとか。

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