穴埋めのとき
おお、つぶらやくん、君もなかなか日焼けしたんじゃあないか? ここ最近、暑い日ばかりだからなあ。そこかしこで肌が焼けている人を見かけるよ。
若いうちはいろいろと無茶できるって、ベースとなる体力もそうだが、組織の回復力もあると思うのだよね。シミとかできものとか、作られる間もなくカタをつけてしまう力さえ存在している。
それが歳を食うと、スペックが落ちていく自分を実感せざるを得ない。薬品などの外部からの助けがないとダメージを喰らいやすいし、立ち直りも遅い。ベースの力そのものが衰えているから、たとえ万全なつもりでも若いうちのような動きはしづらくなる。
ただでさえ、若い間以上に残っていない時間を削られてしまうんだ。歳は誰だって食いたくはないわな。そして回復が遅いと、それに惑わされてホンマもんの痛手をつい見過ごしがちにもなりかねない。
ちょっと前に友達から聞いた話なのだが、耳に入れてみないか?
自分の知らない間に、虫刺されのたぐいができている。
アウトドアな人なら、ちょくちょくあることじゃないか? 友達も家に帰って服を着替えるときに、それに気づいたのだそうだ。
右の上腕の中ほどに、ぷっくりと白い台地を思わせる盛り上がりができていた。当初は蚊に刺されたものと酷似していた状態なこともあって、放置していたらしい。
それが一晩明けてみると、白いふくらみは引っ込むどころか、サイズをわずかに大きくしている。さらにはその上へもう一段、似たようなふくらみをくっつけているというありさまだ。
鏡餅のごときもの。漫画ならばげんこつを何発も食らった後のような演出。それに近い雰囲気を漂わせている。
友達は珍しいこともあるものだと思いつつも、まだ様子を見ていた。まれにだが、これまでも一度刺されたところを、再び刺された経験はなきにしもあらずだったからだ。
かゆみも覚えるけれど、ここは我慢。ヘタにかいて、とがめると後々まで痛みを引きずるし、潰してしまうと痕が残るかもしれない。
ここは我慢の一手だ。俺も若くないし、長引くかもな。
などと友達は考えていたようだが。
実際、それから4日経ってもふくらみは引く様子を見せず、首をかしげてしまう。
ふくらみそのものも、小さくうっすらとだが三段目がのぞきつつあった。しかも、その鏡餅の中心には、新しい産毛らしきものが一本だけふよりと生えてきている格好なのだ。
毛が生えるとは、いよいよ自分の身体の一部となってしまったという印象が強まる。脳みそはともかく、肌はこのできたものを一員と認めつつあるようだった。
自然なおさらばを期待していた友達にとって、望ましくない展開にさすがに嫌気が差してくる。その産毛を抜きにかかったそうなんだ。
あっけなく抜けることも珍しくない細い毛は、今回友達からの引っ張りによく耐えた。実に十分間ほど格闘し続けたらしい。神経があまりつながっていないのか、かなり力を込めても痛みはさほどではなかったが、とにかくしぶとかったようだ。
そうして、いよいよ抜けたはいいのだが……そこにぷっつりと穴が空いてしまったんだ。
いや、なにを当たり前のことを……と思っただろう?
抜いた直後に限れば、そこまでおかしい話じゃないさ。でも身体の機能はたいていそれらの異状をそのままにしておかず、膜のような防御手段を張り巡らせたうえで、修理を試みるもの。
けれども、その穴はぷっくり空いたままふさがる気配を見せずにいたのだとか。
血は出てこない。針の先ほどの小さい穴は、のぞきこんでも底が見えない深い深いもの。それが何日たってもそのままでいるのだから、友達も不審が湧いてくる。
せめてと、バンドエイドで応急的にふさいだそうだけども、それでは不十分だった。
とある外出からの帰り。
友達がそれをよく覚えているのが、とあるマンションの前の一階。小さなサボテンが置かれた窓の横を通った直後だったためらしい。
窓を通り過ぎるや、例の場所に痛みが走った。このときは手でとっさにそこを抑えたんだが、家が近くだったこともあり、確かめたのは帰宅後だった。
そこには前に抜いた産毛に似た色の、ただし硬いとげらしきものが深々と刺さっていたのさ。とっさにあのサボテンをイメージしてしまうが、丸型の小さいものでありとげもかなり小さいものだった。
こうしてバンドエイドを突き破ったうえで、数センチも頭を出しそうなものはもっていそうになかった。しかも、その背丈は目に見える早さで少しずつ伸びているじゃないか。
友達も、このときは落ち着いていられなかったらしい。
これ以上好きにさせてたまるかと、しゃにむにとげへつかみかかり、以前の産毛のごとく抜き取ろうとしたんだ。
あのときの数倍は痛かったが、そのぶん時間も短縮できたらしい。とげは全体で30センチほどと、腕の中へ埋まっていたのが手品かと思う長さだったが、じっくりと観察はできなかった。
抜き去る時、バンドエイドも一緒になって取れてしまい、そうしてとげの刺さっていた穴があらわになった瞬間。
握っていたはずのとげが、どろりと溶けて液体になったかと思うと、たちまち穴の中へ飛び込んでいき、たちどころに消えてしまったんだ。
あの鏡餅のようなふくらみも消え、上腕は何事もなかった以前の状態に戻っている。
検査をしてもらっても、どこもおかしいところはないが、友達は今も気味悪く思っているそうだ。