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下橋

 あ、これは、つぶらやさん。どうもご無沙汰しています。

 こんな場所で会うなんて、予想外でしたよ。かれこれ一年くらいは会っていませんか? とはいえ、一年もさほど長い時間に思えなくなってくるから、互いに歳はとりたくないものですね。あはは。

 もしかして、「下橋」の調査にでもやってきたんですか? ここの近く、知る人ぞ知る心霊スポットのひとつらしいですよ。あまりネットとかの情報網でおおやけにならない、マイナーよりなもので。


 ――え? なにも知らずにここにたまたまきただけ?


 ふふ、つぶらやさんの無意識レベルの勘もなかなかのものですが、あまり気の向くまま、足の向くままとは感心しませんね。

 知らぬ間に踏み込んで、怪我をする。身軽なうちはともかく、迷惑をかける人が増えた今の状態では喜ばれないと思いますよ。ここはひとつ、「下橋」の話を聞いておきませんか?

 どこかお店の中ででも。


 下橋は橋といえど、人が渡る場所にあらず。人ならざるものが行き来するための橋だとされているんです。なので、人が頭の中で想像する橋の形状とつながらないことがほとんどなのですね。

 実際、あの下橋と呼ばれるあたりも、トーテムポールの趣をかすかに宿す石柱が立つのみで、そこから先はやや草しげるあぜ道と、林行きの小道といったところ。ちょっと田舎なところだったらよく見る光景です。

 しかし、下橋を通るときには、尋常ならざることが起きる場合があるとか。


 おじさんから聞いたことを話しましょうか。

 おじさんも若いころは、下橋でいかなることが起こるのか試そうと思ったらしいのですよ。

 あの石柱より先へ踏み込むことは、いわば往来激しい道路を横切っていくようなもの。人も車に類するものがわんさかいて、それらが目に見えない中を進んでいくんですよ?

 運よく通り抜けられる場合もありましょうが、やはりマズいときはマズいもの。

 おじさんの場合だと、柱を過ぎて10歩ほど進んだところで、唐突にガアンと横っ面をはたかれたといいます。

 驚いて周囲を見回しても、なにもありません。飛んできたものなども見えません。それでもおじさんの頬は確かな痛みを放ち続け、その衝撃の主の存在を物語り続けました。

 これも下橋の成すものなのだろうか……と、おじさんは早々にきびすを返して帰ろうとしたのですが。

 ふと気がつきます。行きには脇に立っているのを見かけた、あの石柱。それが帰るこのときにはなくなっていたんです。「ん?」と柱があったあたりに足を運ぶおじさんですが、存在を示すような痕跡はなし。穴や色の変わった土などの気配はありませんでした。

 ほんの10歩ほどの距離だし、道を間違える道理もない。首をかしげながらも、なお足を進めるおじさんでしたが、にわかにがくりと膝をついてしまいました。


 痛みを感じたわけではなく、自分から膝を折ろうとしたわけでもありません。おのずから、歩みを止めてしまったのだとか。しかも、膝をついたというのにおじさん自身は、足からなんの痛みも衝撃も感じ取ることはできなかったんです。

 立ち上がろうと思えば、動いてはくれました。しかし、どっこいしょと手を膝へついたとたん、かすかなしびれとともにおじさんは見ることになります。自分の指の先から手のひら近くまで一気に、黒々とした斑点が埋め尽くしていったのを。

 次々に浮かんだそれらの肩の寄せ合い方といったら、いくらを思わせる集まり具合。表面にとどまるのみならず、ぷくぷくと膨らみを見せながら押し合い圧し合い、自らの居場所を確保せんと上下左右で争うありさま。しかも、手のひらより先にもどんどん浮かび上がってくる始末。

 まさか、とおじさんは履いていたジーンズをめくり上げます。そこには案の定、手と同じような惨状が広がっていました。

 膝小僧を中心にして、上へ下へと広がり、ふくらはぎも太ももも取り巻いていこうとする黒いくらの群れたち。その粒々たちの中には、ときおり中央から黄色いまたたきを放つものもあって、まるで生き物を思わせる気配も。


 このままでは、いけない。

 さっと振り返ったおじさんは、見ます。自分が引き返すより前にいた地点。そこに手足があることを。

 転がっている、ということではありません。歩いているんです。

 それは光学迷彩の故障か、透明人間のなりそこないか。あたかも五体満足のうち、腕と足だけはもろに見え、かといって重力に従って落ちるわけでもなく。淡々と歩く動作を続けていたのだとか。

 歩みそのものはゆったりとしたものでしたが、その見える肌の部分はわずかずつとはいえ、広がっていきます。それはちょうど、黒いくらによって隠されていくおじさんの部位とぴたりと合致する面積だったんです。


 判断の早さは、さすがおじさんといったところでしょうか。

 すぐさま立ち上がると、例の透明人間の手足目がけて突進し、ぶつかっていったそうです。

 当たった感触はありませんでした。ただ通過しきったときに、ふわりと閉められたカーテンを潜り抜けたような、やわらかい違和感が身体中を包んだといいます。

 それがおさまると、おじさんの手足にもはや黒いくらは浮かんでおらず、あの透明人間もどきの姿もありません。代わりに、例の石柱がまた姿を見せていたそうなんですよ。


 おじさんが通ろうとしたときは、このようなことがあったそうなんです。つぶらやさんも行くつもりでしたら、用心しておいたほうがいいですよ。

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