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留守してますよ

 や~、おかえり、こーちゃん。外は変わりなかった?

 こ~んな真昼間に外でいろいろやっていられないって。やはり動くのは朝か夕方以降に限る。かんかん照りの中をわざわざ正装して歩くとか、修行中の聖職者か何かだよね。

 あ、その点、仕事している人たちはみんなお坊さんで聖なる存在かもしれないな。好きでやってるとは限らない中、おのおのでひっそり悟りをひらいちゃってる。「人生、こんなもんだ」と思いながら、今すぐ幕を下ろすのをよしとしない。

 やー、そのしんどい中を生きてくれるおかげで、助かっている人はたくさんいるのだから、もはや大偉業でしょこれ。誰もほめてくれないから実感できないだけで。

 というわけで、僕もこーちゃんを褒めてあげようじゃないか。おー、よちよち、よく頑張りまちたね~。


 ――褒めるくらいなら、ネタのひとつでも献上してくれたほうがいい?


 ふふ、その回復力はさすがといったところか。

 じゃあ、この外に出るのも億劫な気候だし、ひとつ屋内外にまつわる話をしようか。


 先ほど、僕はこーちゃんに「外は変わりなかった?」と尋ねたよね?

 こいつは何も社交辞令的定型句といったものばかりじゃない。ほんとに外が大丈夫なのかどうかを確認するものだからだ。

 屋内にとどまり続ける。これはすなわち、自発的隔絶の術ともいえる。

 ひと昔前なら、冷風を取り入れるために窓を開けるということもよく行った。今でも家の環境によっては、そうしているだろう。

 しかし、エアコンの発達のためにかえって家を閉め切るというのも昨今は珍しくない。涼しい環境で長いこと過ごし、いざ外へ出ることになると極端な温度差によって、体調を崩しかけることもままあるだろう。

 これも「隔たり」によって起きる、やっかいごとのひとつ。けれど中には、もっとおかしな隔たりを引き起こしてしまう可能性もあるらしいのさ。


 友達から聞いたことになる。

 夏休みの最中だったこともあり、友達はほぼ昼夜逆転した自堕落な生活を送っていたそうな。この点に関しては、僕はとがめられるような偉い立場じゃあない。むしろ、ごく自然なことだと思っている。

 夜明け前に眠って、起きてくるのは昼前後。両親も心得ているようで、朝ごはんは友達の分を作ることはまずなく、昼から朝の分も兼ねた量が並ぶことが平常運転だったとか。

 そして、この日は夕方まで家には自分一人という状況。いちおうご飯は作り置きしてあったものの、それだけでは足りないとばかりに、ストックしてあるインスタントものへ手を出していく。

 それらが住めば、すでに午後も二時間近くが経っており、陽が西へ傾きかけるまでそれほど長くない……あたりが闇に沈んだら、いよいよ自分にとってのお楽しみだ。その入り口あたりで両親はすでに床へついていることも珍しくないが。

 その日の昼は面白い番組などもやっていないし、適当にパソコンを開いてネットサーフィンにのめりこんでいく。もちろん部屋にはガンガン、エアコンを利かせていた。自分はもちろんのこと、酷使するパソコンたちにも気をつかわなきゃいけないからな。

 その冷風を逃がさないがために、閉め切った部屋。起きる少し前から変わらぬ環境にそのままかまけていたのだけど。


 はじめは、窓の揺れる音だったそうだ。

 カタカタと小さいものだったから、当初はさほど問題にしていなかったが、時間とともに音はどんどん大きさを増していく。

 風でも強まっているのかと、友達は顔だけ窓へ向けた。すでに見慣れた、明るい陽の光が差し込む青空があるばかりだった。窓から見える電線はほとんど動いておらず、ゴミや葉っぱのたぐいも飛んでいない。

 気のせいかなと、ディスプレイに目を移してなお数十分。エアコンそのものが自身の酷使に疲れたのか、いっそう稼働音をアピールしてきたところで。


 今度は家の玄関の戸を叩く音だったようだ。

 ノックとは違う、不規則なもの。あまりに間が空くこともあって、家人に用があるようには思えない。いたずら目的か、あるいは偶然にもものがぶつかっていくのか。

 居留守をしてかまわない、とは言われている。しかし、無視を決め込むにはちょっと力強すぎる。

 おそるおそる部屋を出た。家じゅうもまた、部屋と同じく閉め切っている。こちらから開くマネをしない限り、立ち入ることはできない。

 一軒家の玄関。そのガラス戸越しに見る外は、やはりいつもと変わらない風景に思えた。人影、物の影、見慣れないものの姿なし。しばらく待っていても、新たな気配が湧いてくる気配もなし。

 来た時と同じように、そうっとそうっと部屋へ戻っていく友達。その間も、そのあとも、同じような音はしてこなかった。


 今日は妙な日だな……と変わらず閉めきった部屋で過ごしていく。

 窓、玄関の2つに耳の神経だけはある程度向けていたものの、今度はそれらとは違う「視覚」への刺激が訪れた。

 音とは違い、変化はゆったり訪れる。寝転んでいる布団、そのまわりを支える畳、ときに打ち動かしていくキーボードやマウス類……これらの姿が、時間とともにじわじわと暗がりに沈んでいくように感じられたんだ。


 ――日が暮れるまで、まだ時間があったと思ったけれど。


 実際、パソコンの隅に表示される時計は、日暮れ前二時間あまりを指している。親もまた、陽が暮れる前には帰って来る予定のはずだ。

 そう意識するや、さっと家の中がたちまち暗闇に閉ざされてしまう。

 なんだ? と窓を見やると、先ほど見たような空や電線の姿もなく、かといって星の光もない夜が目の前に広がっていたという。

 さらにほどなく、家全体がにわかに揺れ始めた。「地震!?」と、とっさに友達は窓へと走った。窓がゆがんで動かなくなる前に、逃げ場を確保しておこうと思ったんだ。

 ところが、窓を開けたとたんに揺れがおさまったばかりか、外の闇もあっという間に晴れてしまったらしくてね。元の空も電線も見えるようになって、友達自身も目をぱちくりさせたようだ。


 やがて両親が帰ってきたのだが、友達は家の足元について尋ねられる。

 どうも家の土台部分が全体的にずれた跡が残っていたらしい。まるで家全体を何かが持ち上げようとしたみたいだ、と。

 たとえ家に引きこもろうとも、外へ向けてアピールしないと何されるか分からない、と友達は学んだそうな。

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