ひょうど島
ほー、世界のザラタン伝説ねえ。これもまた広大な海が作った神秘的な話のひとつだよねえ。
地域によって格差はあるけれど、多くは船乗りが島だと思って上陸しようとしたそこは、巨大な亀とか蟹の甲殻部分でしたって流れだ。
地球の7割が海とされ、陸の3割でどれだけ巨大な生き物の存在が噂されようとも、その倍以上の割合を持つ海が、スケールで劣るはずがない。とてつもないでかさの生き物の存在が、あちらこちらに伝説として残るわけだよ。
よーし、ザラタン伝説といったら、僕の地元にも伝わっているやつがあるよ。たぶん、比較的マイナーなものだと思う。よかったら聞いてみないか?
むかしむかし。
僕の地元にあったという、「ひょうど島」なる島が世界でいうザラタンの一種だとされている。
ひょうど、というのは平家物語などでも出てくる、弓の長鳴りの音から来ているらしい。
太古にはじめて海に出たものが、ひょうど島がちょうど海中から浮かび上がってくるのを目にし、びっくりして矢を射たところ、島の一角に命中。すると島がたちまち、空気を揺らすうなりとともに海中へ沈んでいってしまった……という言い伝えに由来するらしい。
そんな未知との遭遇を経てから、ひょうど島は何度もあらわれ、僕たちのご先祖もそれらを何度も目にし、長い時間をかけて付き合い方を覚えていったとのことだ。
ひょうど島は年に二回、地元の沖合へ姿を見せる。ある程度時間をかけてよく観察してみると、わずかずつだが動いているのが分かるので判断がつくようだ。
言い伝えにある矢を射るようなそそうをしない限りは、急に島が沈むことはないみたいで上陸する分にも、強い刺激を与えすぎなければよい。船が島の動きに置いてけぼりを食わないよう、島にくっついている岩なり大木なりに丈夫な綱でつないでおくそうだ。
浮上と沈降を繰り返しているためか、山を成すひょうど島の上では、魚が陸地でびちびち暴れていることも珍しくない。ときに、目にしたことのない魚介類が島に乗っかっている場合もあって、ひょうど島が遠い海のあたりをめぐってきているのだろうことは、うすうす見当がついた。
そのほか、珊瑚が樹木と化したような一部の箇所をはじめ、様々な海産資源を手にする機会が豊かにあり、宝島と称する声もなくはなかった。
しかし、上陸した者にとっての問題は、ひょうど島がいつ沈むのかという問題。資源採取をするにしても、これを無事に持って帰れなければ意味がなくなる。
しかし、そそうをしてしまった場合をのぞくと、彼らは島の沈む前兆を確認することができたそうなんだ。
上った甲羅からひょいと海面を見下ろしたとき、このひょうど島のふちから八方へ泳いでいくウナギを思わせる細い影が、それだ。
彼らは幾匹も幾匹も現れては、思い思いに海を滑っていき、やがて見えなくなっていく。甲羅の上からはっきり見えるほどだし、彼らも間近で見たならば、またとんでもない巨体をしているのだろう。
これが見えると、半刻以内にひょうど島が沈む合図となり、皆はいっせいに採取を中断して船へ戻り、島を離れる。
実際、このウナギたちが泳いでいった後でひょうど島がすぐに沈まなかった例はなく、作業に夢中になる愚さえ犯さなければ、ひょうど島は貴重な資源の採取場として重視され続けていただろうね。
しかし、あるときを境にひょうど島の話は、急激に聞かれなくなっていく。
ひょうど島との付き合いが続き、何世代も経ったころだ。
このころになると、ひょうど島へ出向く役目の家がおおよそ決まっており、専門家していたとのことだ。
というのも、一時期ひょうど島へ大勢が赴き続けたがために、資源の消費が補充に追いついていないことに、多くの人が気付いたからだ。
そのため、ひょうど島に上陸するのは三年に一度とし、限られた家々が村全体で利益を分配することを前提に島へ向かい、持ち帰って来る……という周期ができあがっていたらしい。
海の魚にしても、同じ場所でとりすぎたならば数が減ってしまうだろう。いっときの欲に目がくらむことなく、わきまえることによって、これからも長く長くひょうど島と付き合っていく……という思惑が、おそらくはあったのだろうな。
今回もまた、例のウナギたちが海を泳いでいくのを確かめた面々は船へ引き返し、ゆうゆうとひょうど島から戻ることができた。
今回は前回に比べると、獲れたものの量は若干、劣っている印象だったという。三年に一度から四年に一度にするか……と相談しかけていたときだ。
集まる皆の足元を、何かが通り過ぎていった気がした。
最初は不意を突かれたかっこうで、満足にその姿を見られていない。しかし、続いて二度三度と同じことが起こったために、全員が事態を把握した。
あの、ウナギたちだ。ひょうど島が沈む直前に海を泳いでいく、細長い影たち。それが今、この皆が立つ土の上を滑っていくんだ。
その大きさは、おそらく島で見るものとは比べ物にならないほど、小さいのだろう。長さをのぞけばヤモリかと見まごうような細身だった。
しかし、誰もその進みをさえぎることはできない。影を踏もうとしても、壁になろうとしても、触れることはできなかった。まるで地中にもぐっていて、影のみが表に浮き出ているかのように感じられたとか。
そして、何よりウナギの出ている源が穏やかじゃない。ウナギたちはあの、ひょうど島から戻ってきた者たちの足元から、幾匹も出ていたのだから。
次の瞬間。ウナギを出していた者たちの身体が、じゃぼんと音を立てて沈んだ。
もちろん、ここは海の上でなく、土の上だ。にもかかわらず、彼らはここで水の上であったかのごとき音と、抵抗のなさでもって、たちまち目の前から姿を消してしまったんだ。
あわてたみんなが、いくら地面を掘ってみても消えた者たちが出てくることはなかった。近辺のあちらこちらを掘り返しても同じだ。彼らはそれからも見つかることはなかったと伝わる。
このことがあってから、ひょうど島を訪れようと考える者はいなくなってしまった。自分もいつまた「沈んでしまう」身となるか、分からないからだ。
そして、ひょうど島自身もこのことがあってから数十年後に、あの周期でもって沖合に現れることはなくなった。海に沈んでしまってから、長く長くそのままらしい。