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刻むとき

 時を計る。これ、なんとも不思議な行いだと思わないかい、つぶらやくん?

 我々、物がなくなったり、新たに作られたりし、昼夜がめぐることによって時間が流れていると認識している。しかし、実際にはそれらは分解であり、作成・変質であり、地球の公転運動の結果に過ぎない。

 しかし、それでも自分の意思がそのときあそこにあり、どれほどが経ってしまったのかを知っておきたい……というのは、人の心の願いかもしれない。

 最近、いろいろな時計を見ていて知ったが、一度スタートさせたら最後、リセットがきかないまま数千年の時を刻む……という時計も開発されて売り出されているらしい。

 スタートさせた本人が、おそらくこの世に存在しなくなっても続く。後世の者は、その事業なり記念なり約束なりが、確かに始まったのを知る……ロマンはあるかもね。

 そして中には、「刻む」ことそのものに焦点を置いた時計もあるそうだ。

 私の小さいときの話なのだけど、聞いてみないか?


 私がまだ兄と一緒に暮らしていた自分のことだ。

 兄とは10近く歳が離れていて、私が物心ついたときにはすでに中学生くらい。

 そのときの兄は右手首にミサンガをつけていた。黄色と青色のひもで結わえた作ったもので、外すことはめったになかったな。風呂に入っているときも、そのままだったから。

 私は今でも、そこまでアクセサリーの知識があるわけでもない。ミサンガをつける者にとって、それは当たり前のことかもしれない。

 その兄でも例外があった。ミサンガを外す時があるのを私は把握していたんだよ。


 決まって、新月の夜の時だった。

 夜の8時30分を迎えるころになると、兄は時計を気にしながらこのミサンガを外す。

 はじめてそれを目にしたとき、たまたまそばにいたから、理由を尋ねたんだ。すると兄は「刻まないといけないから」と、ミサンガを外した右手を窓際へとかざす。

 明るい部屋の中から見上げることもあるのか、夜空に星などの姿はない。掲げた兄の腕をガラス越しに闇が取り巻いているばかり、というかっこうになる。

 いったい、何をしようというのか……と思っていると、つつっと兄の腕を伝うものがあった。


 血だ。

 赤い筋がひじを目がけて流れ落ちていき、兄はすでに用意していたティッシュをあてがって、それを受け止める。あえてひじのあたりにティッシュを置き、流れをせき止めるとことなく、血のこぼれるままに任せている。

 ミサンガをしていたあたりの皮膚が、裂けているのが分かった。が、兄は刃物を携えている様子はなかったし、手を掲げるまでの間、傷のない肌を私は目の当たりにしている。

 唐突に兄の皮が破れ、血がしたたり落ち始めたようにしか思えない。


「刻んでいるからな」


 そう兄は話しながら、自ら血を止めることなく流し続ける。出血はそのままの状態で、およそ数分すると止まった。

 兄が刻むと語ったのは、自分が時計の一部ゆえだと話してくれた。いわば自分は大きい、大きい時計の文字盤に描かれている数字のひとつ。

 だから、ちゃんと時計としての機能を果たさなくちゃいけない。決められたその瞬間に、こうあるように、と。


 なぜ、そのようにならねばいけなかったのか。

 その詳しい経緯を兄が話してくれることはなかった。覚えていないという様子ではなく、あえて口をつぐんだようだと、私は察した。

 うかつに話すことはできないことなのかもしれない。それで何かやっかいごとを呼び込んでは面倒だと、私からは深く尋ねることはしなかった。

 兄も好んでやっているという風じゃない。以降も何度か見ることはあったが、表情は暗いものだ。義務感に押されてしぶしぶ、といったところ。

 でも、どうやら未来永劫、続けなければいけないものでもないらしかった。いずれ「刻みきった」なら、この仕事から解放されるだろうと。

 終わりが見える、というのはメンタル的にありがたいものだ。これがないまま延々と走らされるのは、えらくしんどいと大人になっていくにつれて、分かる。

 だが、その終わりは穏やかなものとは少し違った。


 私がはじめて、兄の刻みを見てから4年が経ったときだ。

 その日の新月も、兄はまた午後8時30分に腕を掲げたが、いつもの暗い表情に加えて痛みが混じっている。

 出ている血の量も多い。いつもであれば、縫い針を思わせる太さの血の筋がこの日は親指二つ分ほどの太さもあった。ひじにあてがっているティッシュもまた、腕を伝う血を受け止め切れておらず、敷いた床ににじみ始めていた。

 が、私にもその効果はすぐにわかったよ。


 窓へ不意に、叩きつけられるものがあった。

 それは青白く、太い管のようにひと目見た時は思ったが、やがてそれがひじのあたりで断たれた腕のような形をしたものだと分かったんだ。

 でも、私が人のものじゃないと思ったのは、腕の色ばかりじゃない。その先端にある手のひらの指は三本しかないばかりか、私や兄のものに比べると数倍近い長さを持ち、先端などはひものごとく、あちらこちらへ伸びていたのだから。


「刻んだな」


 そうつぶやく兄の腕からは、すでに血が止まっており、窓のふちへ落ちたその腕を、兄はそのまま窓を開いてつかみ取り、そのまま部屋に転がっていた空き箱の中へしまってしまう。

 その晩、腕はそれ以上触れられることはなく、翌朝になるときれいさっぱりなくなっていたよ。同時に、兄が新月の日に腕から血を流すこともなくなったんだ。

 兄は時計といったが、時間ばかりでなく他に「刻む」べき相手がいたのではないかな、と私は思うのさ。

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