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人形まつり

 先輩はこう、整ったものをいっぺんにぶち壊したいとか、思うときありませんか?

 ドミノ倒しとか、そこに通ずるものがあると思うんですよね。手間暇かけて作ったものを、いっぺんに倒してしまって、その美しさを堪能するのだとか。

 当初は並べるだけで喜ばれていたと聞きますね。それはそれで建設していく見事さ、楽しさがあるでしょう。しかしそこから、ほんのわずかなタッチでもって、芸術的な破滅の一途をたどっていくまでを楽しむようになりました。

 作ったものを、作りっぱなしとはいきませんからね。いつか無から作ったものは、無へかえっていくものです。その一部始終までをやり遂げることは、心のどこかで求めていた景色なのかもしれません。


 その一方、モノホンの全滅ではなく、ごく限られた少数のみが残るというシチュエーションも私たちが好むもののひとつ。

 みんなが倒れていく中、自分だけが立っているというのは、わかりやすい勝者の形ですしね。

 観測者なら滅びもいいですが、参加者ならばやはり勝ち取りたいもの。その参加者としてのバトル、大小の差はあれど私たちの身近で起こっているかもしれませんね。

 私が昔に見た、バトルの一種。聞いてみませんか?


 いつもの学校からの帰り道で、私はふと違和感を覚えたんです。

 数百日使い続けてきた通学路ですから、ちょっと変化があれば気づきそうなもの。しかしはじめの数回はそれが何か分からず、往復をするばかりでしたがやはり解消された、元通りになったという気がしなかったんです。

 より観察してみて、ようやく気がついたのが道の途中のある一軒家のことでした。そこには道路に面した窓がありまして、たいていはレースのカーテンで部屋のうちが隠されています。

 しかし、日や時間帯によってはカーテンを開放しているときがありまして。その際には窓のふちにずらりと人形が並んでいるんですね。

 家族構成は分かりませんが、並んでいるのは見覚えがあるようなないような、テレビで見かけるロボットたちのフィギュアが大半。サイズはまちまちで、手で持って遊ぶのを想定されているだろうものから、キーホルダーとして扱えそうだったり、指人形にできそうだったりするものまで。

 ときおりそこへ、どこかのお土産を思わせる埴輪に似たビッグサイズのものが混じったりするんですね。そちらは枝でできた冠をかぶったり、腰みのをつけていたりと、祭りや儀式を想起させる格好をしているものばかりでした。

 顔ぶれはちょくちょく変わりますが、何気なく見る機会があるだけでも、常連の子たちはおおよそ把握できてしまうもの。私が違和感を覚えたのは、その常連の子のひとつがなくなっていたためだったんですね。


 いざ無くなってみると、感覚では察することができても、実際に何があったかはすぐに思い出せなかったりします。

 私もしばらく考えて、そこにあるのが両肩に筒状のキャノンらしきものを背負い、足のあるべき部分をキャタピラにした、タンクタイプのフィギュアだったと思い出したんです。

 彼のいなくなったところは、補充要員もいなかったようで、そのままの空白。シンプルに壊れたりしてお役御免になったのかと思いましたよ。

 翌日、その家の玄関前に筒状のパーツ。あのフィギュアが背負っていた得物の片割れが無造作に転がってさえいなければ。


 それからというもの、かの家はほぼカーテンを開放しているようになりました。

 立地の関係もあり、内から明かりをつけてもらわない限りは覗き込んでも、窓際をのぞいて満足に内部を見通すことはできません。

 代わりに人形たちが存在をアピールするわけなのですが、数日にひとつのスパンでどんどんと人形がなくなっていくんですね。

 空いた席には、相変わらずほかの人形たちが入り込むことはありません。ただただ、さびしくなっていく窓際がそこに残される限りです。

 ふちの板にはほこりがうっすら積もっており、長らく放置されているのが察せられました。人形たちが居座っていた席も、直後ははっきりほこりをよけているのですが、数日後にはよそと大差ない見た目に。

 くわえて、離脱したものの一部が玄関へ散らばることも続いていました。家の中の誰かが動いているのは確かなのですが、実態がつかめません。

 特に付き合いのある家でもないですし、人形のことをわざわざ訪ねるために年季もののインターホンを鳴らす勇気も湧きませんでした。

 けれども、確実に人形たちはその数を減らしていく一方なのです。


 そして、いよいよそのときが来てしまいました。

 窓から、お人形たちがいなくなるときです。小さい子たちは全滅し、初期から両サイドを固めていた、ビッグサイズの二人。

 先に話したような、儀式を思わせる姿をしたもの同士でした。

 一方は例の枝冠に腰みのをつけ、一本槍を携えたスタイル。もう一方は、あの挂甲武人に似た感じで、鎧を身につけたうえで刀に手をかけた戦人を思わせるいでたち。

 シンプルな印象では後者が強いと思いましたよ。前者に比べたら攻防ともに質が高そうですし、正面からの殴り合いなら有利ではないかと。

 しかし、私は考慮していませんでした。

 人形としてのサイズの違いこそあれ、彼らは自らの装備よりも、ずっと未来に生きている先進的でメカメカしかった、ほかのみんなを蹴散らしてきているのだと。そこに戦力さなどないであろうことを。


 脱落していたのは、挂甲武人のほうでした。

 ただ一人、窓際の右端をおさえる儀式人は普段と変わらないポーズです。それでも槍を携え、右足を突き上げる姿勢は、踊っているようにも喜んでいるようにも思えました。

 もし、これまで通りだったら……と私は玄関先へ回り込みます。

 案の定、外側へ開くドアの前には挂甲武人の、鞘に入った刀部分が打ち捨てられていました。柄にかかった手の部分も一緒にくっついたままです。乱暴にもぎ取られたんでしょう。

 そうなると、どのような理由があったところで、これからはあの儀式の人形がこれからの窓際の支配者か……などとぼんやり考えていたのですが。


 不意に、目の前の玄関の戸を内側からドンドンと、強く叩く音がしました。

 突然のことに、声をあげそうになりながら後ずさりましたね。ノックなどというものでなく、ドアへ体当たりしていると思しき衝撃でしたから。

 これは逃げた方がいい、と判断できたまでは良かったですが、行動が間に合わない。

 幾度目かの衝撃のあと、ドアは内側から閉じたままぶち破られて、その破ったものが私に突進してきたのですから。

 たまらず一、二メートル近く弾き飛ばされ、しりもちをついてしまう私ですが、飛び出してぶつかってきたものをとらえるや、目を見張ります。


 あの窓際にあった儀式の人形。

 冠も腰みのも、槍もポーズも同じ。ただし、サイズだけは私とほぼ変わらない人間大でもって、人形は滑っていくのです。

 ポーズを保ったまま、足裏にローラースケートでもつけているかのような奇妙な格好。このあたりに私以外の通行人はいないとはいえ、あのままではひどく目立つでしょう。

 しかし、角を曲がっていった後にいくら待っても、騒ぎになる気配はなく。かの家のほうはというとドアに大穴が開いたことにくわえ、窓際からあの最後の人形もいなくなってしまったこと以外は、いつもと変わらないたたずまいのまま、誰も出てこなかったのです。


 私はそのまま逃げだしてしまいました。

 人形のことは近所の誰も口にしません。目撃談などもあがりません。

 家はというと、翌日には壊れたドアに板が打ち付けられて穴を塞いでいましたから、誰かがあそこにいるのは確かですが、結局、一人暮らしを始めるまであの家が何なのかは分からずじまいです。

 数あった同胞と、何をどう競ったかは知りませんが、覇者となったあの人形はこれからどうしていくのでしょうね。

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