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届いた言葉

 大工と話すときには、大工の言葉を使え。

 確かソクラテスの言葉でしたか。会話をするときは、受け手側のことを考えて話してやらないと、ことを十分に伝えることができない、と。

 昔の人は今どきの言葉を知りませんし、今どきの人は昔の言葉の使い方を知らない。お年寄りにも青二才にも気をつかえて一人前。いや、気をつかうという意識さえ向けず、自然に流れ出て百人力といったところでしょうか。


 しかし、これはこうとも考えられませんか?

 特に話す気のない言葉でも、誰かの言葉を使っているようになってしまっている、とも。

 空耳とか古くからありますよね。これが外国の言葉だったらままあることですよ。「ほったいもいじるな」が「what time is it now?」になるとか。

 ここまであからさまでなかったとしても、私たちが普段話す言葉も、相手と所が違ったならば、思わぬ効果を生むことがあるかもですね。

 私も昔に、この言葉をめぐって少し不可解な体験をしたことがあるんですよ。聞いてみませんか?



 私たちが普段、かわすものといったら「あいさつ」がポピュラーなものでしょう。

 おはよう、こんにちは、こんばんはなどなど、これらはその日における人間関係のはじまりとされています。

 中にはスルーして、そのまま日常会話へ入るというのも環境や、相手との仲によってはふつーにあり得るかもしれません。「おっはー」なり「ちわーっす」なり「こんちくわ~」なり省略やもじりをまじえることもあるでしょう。

 気心知れた仲ならば、それも問題ありません。しかし知れない間柄なら、事故が起こる恐れもあるものです。


 おはようこんにちはこんばんは、と三つつなげるあいさつ。ネットが広まり出してから、ちょくちょく見かけたことがあるかもしれません。

 誰でもいつでも発信者になることができる時代、ライブで見る人ばかりでもなければ、同じ標準時子午線のもとにいる人ばかりではない。それら時差がある人たちへ、いっぺんに対応できる圧縮言語といえましょう。

 こいつはいいと、私は現実でも採用です。しかしそのままではちょいとお堅い。友達と気兼ねなく交わすなら、もっとくだけてやわらかく。

 なので私はちょいちょい調整した結果、「おはこんばんち~っす」に落ち着いたわけです。

 こんが「こんにちは」と「こんばんは」に重なっちゃうのが惜しいですが、キツネじゃあるまいし、こんこんだぶるのは美しくないものです。


 ――そもそも、ネットの配信じゃないなら普通にあいさつすりゃいいだろ?


 いやいや、そこは、大は小を兼ねるじゃないですけれど、オールマイティ的な使い方できるものがあったほうがいいじゃないですか。そう思いません?

 あれこれ道具を持ち替えるより、万能ツール一本で時間短縮、スペース圧縮。質より量だ効率だと重んじられる昨今で、わずかな労も切り詰める。いかにも省エネ、タイパを突き詰めるひとつのやり方だと思います。

 まあ、剥いて削って、空っぽにならないようにしないとですね。らっきょうみたいに。


 この、おはこんばんち~っすをみんなに認知してもらうべく、私は失笑をものともせずに使い始めます。

 とはいえ、親とか目上の人にまでところかまわず使っちゃうほど、ノータリンではありませんよ、さすがに。あくまで友達との間柄で、ですね。

 ちょっと体育会系のノリが入っているため、気安くいうにはもってこいでしたね。そのためか、外遊びをするメンツにはある程度広まってはいたんですが……まあ、ついてなかったというかなんというか。

 その日も学校帰りに、近所の公園でボール遊びをする約束をしたんです。公園は公園でも、球場が併設してある地理でしたから学校以上の面積はあると思ってください。もちろん、遊びで球場を使うわけがなく、開放されているスペースを使っての遊びでした。

 ただ、球場そのものからある程度の気配はしていましたね。どこか地元のチームなどが使う予定だったのかもしれません。

 私がいったん学校の荷物を置いて、公園へ向かったときには、約束していた友達の数人がすでに来ています。


「おはこんばんち~っす!」


 と、この数十日間でやり続けたように声をかけたのですが、直後に「ん?」と首をかしげたくなりました。


 友達と面と向かった公園のスペース。その敷地をはるか越え、家や建物の並びさえも越えた向こうに、青々とした山たちの稜線が見えます。

 その私が正面に見据えるトップ、頂点のひとつにですね。にわかに黒点が生まれたんですよ。最初は目にごみが入ったのかと、まなこをこすりかけましたが、私に合わせてみんなが「おはこんばんち~っす!」と声をかけてくるとですね。

 降りてくるんです、その黒点が。

 てっぺんにあった点が、誰か一声あげるたびに、センチ単位で。山肌をまっすぐ下ってくるんです。


 今度こそ目をこすり、それが私の視力の問題でないことを確認。

 何キロ離れているかも分からないここから、針先ほどのサイズとはいえはっきり見える点。いったい、どれほどの巨体であるか。

 しかも、私が来てからほどなく、あとからやってくる友達が。


「おはこんばんち~っす!」

「おはこんばんち~っす!」


 私が流行らせたワードを連呼してしまうんです。

 いまさらやめろ、など不自然ですし、例の黒点を根拠にしようとも、このときにはすでに山を下りきって、建物たちの影に隠れてしまっていました。

 もはや普段の景色と変わらないのに、どこに止める理由があるというのでしょう。これまでになくそわそわしながら、ついに待ち合わせ最後の友達がやってきてしまいます。


「おはこんばんち~っす!」


 そう、彼が元気に声に出した、次の瞬間。


 私たち全員を、さっと黒い影が包んで、通り過ぎていきました。

 巨大な鳥の影がかなたからやってきて、あっという間に通過したかのよう。この公園すべてをカバーするほどでしたが、私たちがはっと空を見上げても鳥はおろか、雲などのたぐいもない青空が広がるばかりだったのです。


 そしてもうひとつ。

 先ほどまで、ちらほらと聞こえてきていた球場よりの気配が、ぴたりと止んでしまったんです。おそるおそる近づいて様子をうかがっても、そこには無人のグラウンドが広がるばかり。

 そこから数日、とある集団行方不明のニュースが流れましてね。証拠も何もなくても、気が気じゃなかったです。

 あのおっきい影にとって、私たちのあいさつはまずい意味を持っていたんじゃないか、とね。

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